サソ
≫ARCLEについて|Outline≫ECFとは|About ECF≫研究ノート・研究会レポート|Reports≫英語教育研究・調査|Data Base≫書籍・発刊物|Data Base

≫このページを印刷

【新企画リレーコラム】言語能力育成を考える

≫このリレーコラムのその他の記事はこちら

第2回 今後求められる言語教育の在り方― 社会の変化に応じた取り組みを
文教大学 金森 強


21世紀の学力

 OECDのThe Center for Curriculum Redesign(以下CCR)は、 21世紀に育てるべき重要な学力の要素としてKnowledge,Skills,Character,Meta-learningを置き、育成されるべきSkillsとして「4つのC」:Creativity,Critical Thinking,Communication,Collaborationを挙げている。また、これら4つのCの育成においては、知識を活用する学びの体験を通して進められるべきであることを強調している。

 CCRの考える教育概念は、文部科学省教育課程企画特別部会において、新しい学習指導要領作成のための会議補足資料として紹介されており、日本の教育政策におけるカリキュラム・デザインの基本概念として位置づけられていると考えて良いだろう。新しい学習指導要領で掲げられている学力評価の3観点:①知識・技能、②思考・判断・表現、③主体的に学習に取り組む態度・人間性では、①において知識と技能が1つの観点にまとめられているが、知識を単に記憶する対象として終わらせず、知識とスキルを有機的に結び付ける指導の必要性が明示された形となっており、CCRが提唱する教育観が反映されていると言える。Knowledge,Skills,Character,Meta-learningの学力育成と4つのC育成のためには、知識を記憶するだけの受け身的な学びではなく、主体的・対話的な学びこそが望ましいとする考え方は、新しい学習指導要領の特徴ともなっている。

欧州における言語政策

 欧州委員会では、欧州の経済的・文化的発展のために、社会的多様性を保持したまま平和な欧州社会を維持することを求め、その実現に寄与する良き欧州市民として備えるべき共通する価値観を育む教育が重要であると考えている。その理想の実現のために、欧州市民が生涯を通して多様な言語を学び、また、継続して学び続けることができる環境の整備が必要であり、自律的な学習者としての個人の意識や姿勢を育む複言語・複文化主義に応じた言語政策に取り組んでいる。

 複言語・複文化主義の言語教育政策においては、少なくとも母語以外の2つの言語を身につけることが求められるが、その指導にあたっては、言語や文化に関する知識だけではなく、実際にコミュニケーションを図ることのできる基礎的な言語運用能力の育成が期待されている。ただし、求められる能力レベルとしては、母語話者レベルの高い言語運用能力ではなく、実際のコミュニケーションにおいて機能する範囲の運用能力の獲得が目指されており、Functional Plurilingualism:機能的複言語主義と呼んでいる。その言語指導法として注目されているのがCLILである。

 スイスのバーゼル市では、必要となるカリキュラムや教材開発、教員の研修を含めた言語教育政策:Passepartout(合鍵)が実施されている。このプログラムでは、小学校で英語ともう1つの母語以外の言語を学び、中学校で第3番目の言語を学ぶシステムになっており、小学校段階から目標言語の言語能力と一般的能力を同時に育成する教育が実施されている。つまり、内容理解と認知力、さらに言語能力を高める教育として、CLILによる指導が採用されているわけである。実地調査として訪問したバーゼル市の小学校では、1クラス25人に、10数名の異なる文化・言語的バックグラウンドを持つ児童の存在があった。
  授業では、ぞれぞれの児童の母語/第一言語ではなく、第二言語、あるいは第三言語となるドイツ語が教育言語として使用されている。児童はCLILによる指導を通して、言語だけを学ぶのではなく、身につけておかなければならないさまざまな教科や日常生活に関する基本的な知識や技能も獲得していくことが求められている。また、言語と文化に対する気づきを大切にするELBE(Eveil aux Langues, Language Awareness, Begegnung mit Sprachen) / EOLE(Eveil au langage/Ouverure aux langues)教育が重視されており、「開かれた心」を育む言語教育が実践されているのも特徴である。「出会い授業」と呼ばれる授業においては、目標言語を母語とする同年代の学習者との直接交流の時間を持ったり、ホームステイプログラムによって目標言語を母語とする家庭において1日過ごしたりする文化体験プログラムも準備されている。授業以外の時間などを使った継承言語(heritagelanguage)の授業においてもCLILによる指導が行われており、母語や家族の言語・文化を保持することに加えて、母語での認知能力を育てる権利が守られていると言える。学習者が特定の地域社会で生きていくために必要となる基本的な能力育成を担保する教育として、また、個人の人権や多様性のある社会を守り維持するための教育として、CLILによる指導が採用されているのである。

各教科において求められる言語技術

 バーゼル市では、教育課程全てにおいて必要となる言語力の育成が重視され、学年が進むにつれてどのような言語技術を身につけなければならないかについて、Sprachprofile(言語プロファイル)として、言語能力の記述文が示されている (吉島. 2016)。日本でも教育課程全体を通して育む言語力についての検討が開始されているようだが、言語プロファイルは日本の言語教育政策においても策定の必要があるはずである。

 以下は、言語プロファイルに記されている記述文からの抜粋である。

  • ・討論の中で自分の意見を言い、人の発言に対応する。
  • ・色々なテーマについて自分の意見を述べ、論拠づける。
  • ・話し合いをすることで複合的な情報を交換する。
  • ・討論の中で自分の意見を適切に持ち出す(相手の発言に反論し,その根拠を言う等)。
  • ・話し合いの規則を守り、逸脱があった場合、それを守るように促す。
  • ・討論を準備し、主導する。
  • ・発表の終わりに要点を短く簡潔にまとめる。
  • ・プロジェクトの成果を重要な部分が分かるように説明したり、発表したりする。
  • ・テーマについて、自分の立場を表明し、自分の考えの違いを明らかにする根拠づけをしながら話す。
  • ・ディベートの準備の方法を学び実施する。
  • ・複合的な思考、例えば数学の「解」について説明する。
  • ・適切な言い方や表現を用いながらプレゼンを構成する。
  • ・いろいろなテキスト作成のための計画・推敲の方略を知り、活用する。

 言語知識・技能はすべての教育課程を通して育まれることが望まれる。各教科に特化した専門用語やフレーズ、言い回し等は、内容を学び理解するうえでも重要となるはずである。そのための教材開発、教員養成・研修が当然必要となる。総合的な言語能力を育むためには、母語教育だけではなく、外国語教育や他の教科教育においても実施が検討されるべきことであると言える。共同体における日常生活において必要となる言語能力(BICS)に加えて、教育を保障する言語能力(CALP)を育む言語教育プログラムが必要となるのである。

求められる言語教育政策の在り方

 日本の生産年齢人口は2065年までに1/4に減少すると言われている。応じてそれを補うための外国人労働者の受け入れは、持続可能な社会構築のためにも重要な鍵となるはずであり、すでに昨年までに100万人を超えている。今後は、日本に住む外国にバックグラウンドを持つ人たちへの言語教育プログラムを準備することが必要となってくるだろう。
 現段階ではあまり研究が進んでいない、子どもたちに対する外国語としての日本語教育においては、教育言語としての日本語能力を担保するためにも早い段階から適切な形でのCLILによる指導が重要な鍵となるはずであり、そのためのカリキュラム開発、教材開発、指導方法等のさらなる研究が必要となるものと思われる。その際、知識・内容理解と言語技能育成を統合した指導が当然求められることになるだろう。関連した研究・教材開発・教員養成・研修のための予算措置が求められる。スイスの手厚い言語教育に対する予算付けに対して、その理由を質問した際に返ってきた言葉:「彼らは将来のtax payerであり、良き市民になってもらわないといけないから」は、大変印象深いものであった。

 将来の日本社会の状況を予測し、必要となる措置を早急に進める必要があるが、そのためには40年後の社会を形成することになる今の子どもたちに与えるべき教育こそが大変重要となる。海外から日本に入ってくる人たちと共生・共存できる資質・能力の育成を進めるための外国語教育の在り方を考えると、言語運用能力の育成だけではなく「開かれた心」を育む教育実践が求められるはずである。日本に住むことになる外国からの労働者とその子どもたちに対する教育の在り方についても、十分な検討がなされ準備されなければならない。長期的に日本で暮らせるような資質・能力育成のためには、言語教育・外国語教育が重要な鍵となることは言うまでもない。

 日本がこれから直面するであろう課題にすでに対応している欧州の言語教育に関する調査を続けるとともに、求められる多言語教育政策の在り方に関する研究、プログラム・教材開発を進めることが大切である。



*本研究には,科学研究補助金基礎研究「グローカル時代の外国語教育―理念と現実/政策と教授法―」(研究代表者:吉島茂,JJSPS科研費22242015),「多言語・多文化に開かれたリテラシー教育についての研究:日本の言語教育への提言」(研究代表:福田浩子,JSPS科研費23520661),「多言語・多文化に開かれたリテラシー教育についての研究:教員養成と初等教育を中心に」(研究代表:福田浩子,JSPS26370722)におけるスイスの現地調査, 「外国語活動におけるCLILを活用したカリキュラム及び指導者養成プログラムの開発」(研究代表:山野有紀, JSPS26370723)の研究報告書に加筆・修正したものである。

参考文献
Council of Europe. (2001). Common European framework of reference for languages: learning, teaching, assessment. Cambridge. UK: University Press.
Coyle, D. (2007). Content and language integrated learning: Towards a connected research agenda for CLIL pedagogies. The International Journal of Bilingual Education and Bilngualism. 10. pp. 543-562
Drog. D. (1996). Disciplinary Pathways to Service-Learning, Campus Compact National Center for Community Colleges. Mesa Arizona.
Fadel C, Bialik M, & Trilling B.(2015). Four Dimensional Education : The Competences learners need to succeed. Center for Curriculum Redesign (CCR)
Kiely R.(2011). Understanding CLIL as an Innovation. Studies in Second Language Teaching,Department of English Studies. Faculty of Pedagogy and Fine Arts. Adam Mickiewicz University
Mehisto,P,Frigols,J. and Marsh,D.(2008). Uncovering CLIL: London: Macmillan. Nodari C. et al. (2015). Sprachprofile. http://sdu.edubs.ch/projekte/die-sprachprofile-basel-stadt, 吉島茂訳.『言語プロファイルI-V』. 朝日出版
矢野他 (2011).『英語教育政策―世界の言語教育政策論をめぐって』, 英語教育学体系  第二巻. 大修館書店
吉島茂・S. Ryan. (2014). 『外国語教育V 一般教育における外国語教育の役割と課題』, 朝日出版
吉島茂・大橋理枝 (2015). 『外国語教育VI 言語(外国語)教育の理念・実践案集』, 朝日出版
吉島茂・S. Ryan. (2015). 『グローカル時代の外国語教育』, 朝日出版

 

【リレーコラム一覧】





↑ページトップへ