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「研究ノート」は、ARCLEの研究理事・研究員が注目する自由なテーマを執筆するコーナーです。今回は、千葉大学・アレン玉井光江先生です。

韓国を訪問して
千葉大学 アレン玉井光江先生


11月の上旬、私は4回目のソウル視察に出かけた。最初の韓国訪問は小泉元首相が靖国参拝をしたことで韓国、中国が反発していた2000年だった。そのため予定していた公立小学校の視察がすべてキャンセルになり、かろうじて見学できたのは私立小学校の英語教育だけであった。そのときから8年、韓国が正規の教科として小学校に英語を導入した1997年からすると、すでに12年がたっている。ここで私が最近見学した韓国での授業を紹介しながら、「教員養成」という観点から私見を述べたいと思う。

はじめに見学した2校の公立小学校は、ソウルの中でももっとも教育熱の高い地域である江南地区に位置していた。見学した授業は残念ながらすべてネイティブが主導権を握り、担任教員とかかわりなく授業を進めていたので、子どもの英語力は推定できたが、担任教員の力量はわからなかった。実際、よく日本でもALT任せの授業が批判の対象になるが、この2つの学校で見た授業はALT任せの授業であった。子どもたちは自然なスピードで進むネイティブの英語の授業に十分に対応しており、実のところ学院(英語学校)に通い、高い英語力を有する児童にとっては、知的にはあまり満足のいく授業ではなかったと思われた。

次の小学校では韓国人の先生による授業を見ることができたが、この先生は1,100時間もの英語の研修を受けた方だった。授業の組み立て方、教材開発の視点、授業運営力等々、大変素晴らしく、教科書に従いながらも、子どもたちの興味や関心にあわせてさまざまな工夫をされ、授業を見事に展開されていた。韓国では英語教育が始まった当初は担任主導で行うことが前提とされていたが、最近ではネイティブ教員を積極的に活用しようしている。また、小学校教員の中でも英語に興味を持ち、力量のある教員を育て、教科(英語)担当者として英語の授業を割り当てている。韓国がこのような方向転換をしたのは、やはり英語に自信のない教員が英語を教えることは難しく、非効率的だと判断したからではないのだろうか。

学級担任が中心の英語教育を行うにあたり、韓国では120時間の研修が実施され、当初、多くの小学校教員からは「英語を教えるために小学校教員になったわけではないのに、なぜこれほど苦労しなければならないのか」「(子どもたちは)母語理解もまだ不十分なうちに英語をやる必要はない」「中学校の英語教育を改善すればよい」と否定的な意見もあったと聞く。しかし、学校現場が混乱しなかった大きな理由として、韓国政府が提供した充実した教員研修と教材があると思われる。一般の小学校教員に対する120時間の英語研修の後、優れた力を持つ教員に対しては「深化研修」としてさらに120時間の研修が行われる。その他、ソウルなどの大都市では職務研修、合宿研修、特殊機関の委託研修、海外研修などが用意されている。先ほど紹介した先生はこれらの研修を受けたことになるが、その間英語力をアップさせ、授業をすべて英語でできる先生へと成長していったのである。

翻って日本の「外国語活動」に関する教員研修はどのような状態かというと、大きく3段階に分けられる。まずは、指導者養成研修であるが、これは独立行政法人教員研修センターにより平成19、20年度、全国を5つのブロックに分けて実施された。参加対象者は各都道府県の教育委員会および市区町村教育委員会の指導主事が中心で、5日間の研修期間で小学校英語活動のあり方や理念、地方自治体での研修の進め方、国際理解活動などについて25時間程度の研修が行われた。教員の研修にあたり、『小学校外国語活動ガイドブック』(CD付)が作成され、指導者養成研修、また次に述べる中核教員研修および現職教員研修等の参考資料とされている。

次に各都道府県、政令指定都市、中核市の教育委員会が主体となり、平成20、21年度に各小学校において外国語活動を推進できる教員(中核教員)に対し、中核教員研修を実施することになっている。「中核教員は研修において、理論などの知識を得るだけにとどまらず、自ら実践を通して効果的な指導法を体得し、様々な実践に対して適切な評価や指導ができるよう研鑽することが求められる」とされている。これも指導者養成研修同様、5日間で25時間程度の研修である。

この中核教員研修を受けた教員は、各学校において校長・教頭(副校長)の支援のもと、2年間で30時間程度の校内研修を運営することとされている。「中核教員は中核教員研修終了後、勤務校の校内研修において、現職教員プログラム(都道府県等で作成)に従い、外国語活動に関する研修を管理職とともに運営し、教師への指導にあたるものとする。その際、ALTなどのネイティブ・スピーカーの協力も得ながら、教師の指導力及び英語運用能力の向上を図ることが重要であることを認識させる。」とある。

つまりこのシステムでは、国が責任を持って行う研修は最初の指導者研修(25時間程度)のみであり、後は各教育委員会、そしてそこからは各学校へ任されていることがわかる。韓国が120時間、国家予算を使って研修を行ったものとは雲泥の差がある。しかし、これは今回導入が決定された「外国語活動」の目的を考えると至極当然の結果かもしれない。「外国語活動」では基本的には英語教育とは一線を画し、英語のスキルは教えないこととされている。英語を教えるわけではなく、「外国語を通じて、言語や文化について体験的に理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら、コミュニケーション能力の素地を養う。」ことが目的である。従って英語の授業が指導できるように教員を研修する必要がないということになる。

しかし、「外国語活動」を必修とし、2年もの長い間、外国語教育ではなく、外国語体験を主目的とした活動を設置している国は他になく、ここに日本の外国語教育政策における異質性が明確に出ている。グローバルスタンダードからいくと、残念ではあるが、日本では小学校段階での英語教育はまだ始まっていないと言うべきであろう。

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