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「研究ノート」は、ARCLEの研究理事・研究員が注目する自由なテーマを執筆するコーナーです。今回は、松山大学・金森強先生です。

韓国:小学校英語教科化の先に
松山大学 金森 強


はじめに

韓国の最近の映画に『Our School’s ET(English Teacher)』という作品がある。この映画は、ある田舎の高校体育教師が、いったんは職を失うことになるものの、なぜか英語教師として学校に残れるよう画策するというコミカルな話である。この映画の中に、韓国の生徒や保護者が望む理想の英語教師像が出てくる。それは「英語力のある教師」「生徒の力をつけてくれる教師」「入試や試験で点数を取らせてくれる教師」等であって、残念ながら、コミュニケーション能力の育成は、英語教育にはまったく求められていないようである。韓国の一般の人にとって英語教育とは、入試や検定試験などのために存在するもののようである(日本もあまり変わらないかもしれない)。

小学校英語の教科化のその後

Lee(2008)1によれば、韓国は、小学校の英語教科化後10年以上が経った現在、その成果と課題を洗い出し、次のステップに進もうとしているという。これまでに明らかになってきた課題としては、英語の導入に保護者が過剰に反応した結果、英語の家庭教師を雇ったり、塾に通わせたりするケースが急増し、家庭の経済的条件や教育環境による地域差等の格差が生まれてきていること、また、学校外で英語を学ぶ機会があることが、逆に学校での英語学習への興味を失わせているということが挙げられる。さらに、小学校の中学年における週に1回だけの英語の授業では、忘れてしまうことの方が多く定着が期待できないという点で、費用対効果が悪いとされる一方、このことが、保護者がわが子に学校外での学習の機会を与える要因にもなっているとも指摘されている。

Oryang Kwon(2007)がまとめた「小学校の英語教育10年の成果分析による小・中学校英語教育の活性化方案模索」2には、小学校だけではなく中学校の英語教育活性化方案も示され、同時に、今後の小中連携の重視、さらに、小学校から高等学校までの一貫した韓国の外国語教育政策への意識が表されている。

大統領直属改革委員会の提案

韓国の英語教育の改善について、2008年1月29日、韓国大統領直属の改革委員会は、高等学校卒業までに求められる英語力を保証することを挙げ、(1)教員の質の向上、(2)指導要領改訂、(3)英語学習に適した環境整備を含めた英語教育改革プランを政治公約として打ち出した。韓国では、選挙公約に挙げるほどに、英語教育を国家的な課題として考えていることがうかがえる。以下は、当該委員会が英語教育改革のために掲げた案である。

(1)教員の質の向上について
今後、英語で英語を指導できる23,000人の英語講師(TEE)の計画的な雇用に17億米ドルをかけ、地方や低所得層の地域から優先して配置を進め、計画的に広げるようにする。採用にあたっては、英語教師の免許を持っている者、韓国や海外においてTESOLの資格を得ている者、英語圏の大学で修士(専攻は問わない)を取得した者、大学卒で海外の在住圏を持つ者、元外交官や海外勤務経験者で、口語英語の指導に十分な能力を持つことを応募資格とし、2009年に面接試験と研修を課すものとしている。さらに、中学校や高等学校ではクラスサイズを35人から23人に減らすことで英語のスピーキングやライティング能力の向上を目指す。また、教員研修として、国内で5ヶ月間の研修を実施し、1ヶ月間は海外で実施する現職教員の研修を実施する。2013年までに3,000人の教師に対して有給で研修への参加を認め、また、海外6ヶ月間の研修も同様に3,000人の参加を目指すとしている。

(2)指導要領改訂について
1997年、週2時間で始められた小学校「英語科」であるが、2000年には3・4年生では週1時間に減らされた経緯がある。これまでの10年間の成果と課題を踏まえて、大統領直属委員会は、今後小学校では3年から6年までの英語の授業を週3時間に増やすことを提案している。また、中学・高等学校におけるスピーキング、ライティング指導の充実を目指し、検定教科書制度は廃止し、より良いテキスト開発と使用を進めるための自由競争を導入し、さらに、小学校から高等学校までの国家試験を作成することを提案している。

(3)英語学習に適した環境整備について
学習者が英語に触れる機会を増やすことが大切であるという考えから、a) 児童・生徒向けに英語で書かれた書籍・図書の配置を増やす、b) 英語だけしか使えない教室や英語体験センターを各学校に設置する、c) 英語による番組の提供を放送したりインターネットを通じて配信したりする等を提案している。

持続可能な教育改革の実施に向けて

この委員会の提案について、国は、それらをそのまま採用するのではなく、より実現可能な形を打ち出しているところが興味深い。その方針は以下の通りである。

小学校中学年で週に2時間、高学年では週3時間の英語の授業を実施。週に1回は、英語だけで授業をする日を設ける。また、中学校でのクラスサイズを小さくし、スピーキング・リーディングを指導する専門教員・講師採用のために、新しい採用システムを設けるなどの方策を講じる。さらに、スピーキングテストの開発・実施を通して、現場の指導内容や方法へのWashback effectを期待し、音声指導を重視した教育実践が進むことを狙っている。

また、教育環境整備のために、ICT利用の教育実践推進のためのサポート体制を作るとしている。さらに、「英語で英語を指導できる教師」獲得のために、海外在住の韓国人英語教師の採用を行い、2008年7月には、836人中380人が採用された。新採用の教師たちは4ヶ月間の研修に入り、既に9月から各地に配置されている。スピーキングテストに関しては、小・中・高それぞれにおいて、2012年までを試行期間とし、2013年からの本格実施を目指している。

さいごに

先に述べた映画では、結局、主人公は英語教師として採用されることはなかったが、体育教師として学校に残ることが許された。その後、この田舎の高等学校は、全国試験において、英語だけはトップレベルを誇っており、それはこの体育教師のおかげだという。彼は体育を英語で指導しているのである。エンディングに映し出された、体育の授業での、はつらつとした生徒の表情は、現実の高校の英語の授業とのギャップを描いているものと思われるが、韓国と同様に、外国語学習への強い動機づけが入試以外には考えられない日本において、外国語教育改革をどのように進めていけばよいのか、考えさせられてしまった。

韓国が国を挙げて外国語教育改革に乗り出していることを、うらやましいと感じざるを得ないのが正直なところである。日本でも、今回の高等学校学習指導要領の改訂にあたって、「英語は基本的に英語で指導する」こととするなどの改革を進めようとしている。しかし、これに対して現場や一部の研究者は、「到底無理なこと」「現場の状況(生徒・教師)がわかっていない人間の空事」と一蹴している。4技能をバランス良く育てる英語教育を実現することは、日本ではまだ遠い夢なのだろうか。


1 Lee, WonKey(2008) “New Prospects for Primary ELT in Korea”国際シンポジウム“Foreign Language Education: Its roles in Formal Education, with Special Reference to Primary School” 於:聖徳大学、10月13日、平成19年度科学研究費補助金(研究種目:基盤研究B(2))研究課題名(課題番号:18320091)国際比較:初・中等教育における外国語教育の諸相 −理念から教室の現場まで−
2 大韓民国 教育人的資源部(2007)研究責任者:權五良「小学校の英語教育10年の成果分析による小・中学校英語教育の活性化方案模索」(ベネッセコーポレーション翻訳)
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