「研究ノート」は、ARCLEの研究理事・研究員が注目する自由なテーマを執筆するコーナーです。今回は、東京外国語大学・根岸雅史先生です。
「文法力」をどう測ったらいいかと悩む人はほとんどいない。なぜか。「文法力」は「文法テスト」によって測れるからだ。「文法テスト」を受けたことのない英語学習者はいないだろうし、他の領域のテストに比べ種類も豊富だ。
しかし、その「文法テスト」で満点を取るような学習者であっても、英語のインタビューなどをしてみるとごくごく初歩的な文法事項を間違えたりする。三単現のsの脱落などはざらで、複数形のsの脱落も少なくない。だとすると、従来の文法テストで測ってきた文法力とは何なのか、という疑問が湧いてくる。
ここでは、文法の「知り方」について考えてみる。ある文法を頭でわかっているということと、それを実際に文脈の中で使えるということとは同じではない。三単現のsや複数形のsなどは知識としては知っていても、なかなか使えるようにならない項目である。文法規則を文法用語などを用いて説明できる知識はdeclarative knowledge、使いこなせる知識はprocedural knowledgeと呼ばれ、前者は後者に先行する。つまり、まず頭でわかり、次にそれに習熟して初めて使えるようになるということだ。さらに、意識的に使おうと思えば使えるようになってからも、無意識のうちに使いこなせるというような「自動化」したレベルに到達するには、さらに時間がかかるだろう。この枠組みをもとに、文法知識のレベルを整理すると、およそ次の3つになると思われる。
(1)その文法項目だけに着目して、じっくりと考えれば形の判断などができるレベル
(2)その文法項目を意識して使おうと思えば使えるレベル
(3)その文法項目を特別意識しなくても使いこなせるレベル
こうした枠組みで文法力を考えるならば、従来の文法テストは、圧倒的に(1)のレベルのテストとなっており、かなり限定的な知識を測ってきたといえるだろう。また、(3)レベルの能力の有無を見るのであれば、実際に話させたり、書かせたりすることになる。話させたり書かせたりすれば、そのプロダクトには様々な文法事項が含まれることになり、その結果を基に文法力の判断をすることができる。
ただし、このような方法にはいくつかの問題点もある。1つは、特定の文法事項の測定を考えると、こちらがねらった文法事項が使われるとは限らないということだ。もう1つは、どれだけリスクを冒すかという点に関して個人差があるということである。少しくらい自信がなくても使ってみるというタイプの学習者と、かなりの自信がないと使わないというタイプの学習者では、文法事項の使い方が異なってくるだろう。これらの問題は、伝統的な発表技能のテストでは、どの文法事項を使うかの判断が学習者に任されているということから来ている。
このような問題点を克服し、特定の文法事項についてのprocedural knowledgeの有無を測るような文法テストを作ることはできないだろうか。先述の文法知識のレベルでいうと、中学・高校の段階では、習った文法事項の多くは、なかなか(3)のレベルまで行かないのが現状だ。それ故に、(1)と(2)のレベルの違いにセンシティブなテストが求められるのである。こうしたテストの実現は容易ではないだろうが、方向性としては、目標とする文法項目以外の処理に何らかの負荷(ワーキング・メモリへの負荷など)をかけた中で、その文法項目が正しく処理できるかどうかを見るということになるのではないか。こうすることで、その文法事項の自動化の度合いが測られると推論するからである。具体的なアイテム・タイプの作成などは今後の研究課題の一つとしたいと考えている。
これまで、(2)のレベルの知識に関しては、テストはおろか指導の場面でも評価の場面でも、ほとんど目が向けられてこなかった。このような問題意識のもとに、次世代の文法テストが開発されることで、新たな文法指導の機運が生まれることを期待したい。