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「研究ノート」は、ARCLEの研究理事・研究員が注目する自由なテーマを執筆するコーナーです。今回は、松山大学・金森強先生です。

アクション・リサーチ(PDCAサイクル)による授業マネジメント − 教師集団としての予防こそが大事!
松山大学 金森 強


はじめに

アクション・リサーチによる授業改善のポイントは、教室の中で起こっている問題に気づくことである。何が問題かにさえ気づかない教師に、授業改革のための仮説等が立てられるはずもない。しかし、自分の授業を冷静に分析することは案外できないものでもあり、同時に、改革のための適切な方策が当事者から生まれることは稀なことでもある。経営状況がすこぶる悪い状況にある、ある企業に対して、外部識者による改革案作成グループが設置されたのも同じ理由であろう。実際は、この段階に入ってしまっていては「手遅れ」なのである。もっと早い段階での対応が必要であり、改善より予防こそが大切なのである。

医師と教師に求められること

患者が医師に望むことは何であろうか。専門的な知識、経験、臨床技術、そして、患者とのコミュニケーション能力、その全てが必要となる。患者とのコミュニケーションを通して、症状のみならず、家族の病歴からわかる遺伝的な問題、治療歴、生活習慣等、病気の原因となる情報をより多く手にすることで、最新の専門的な知識・経験に照らして診断を行い、最適な治療を施すことができる。同様のことは教師にも求められるだろう。常に、知識、経験、技術をアップデートすることはもちろん、学習者の学習歴や学習方法等に関する情報も収集していなければ適切な指導はできない。全ての情報から総合的に判断(診断)をし、学習者(患者)に適した指導(治療)をできるかどうかが、教育効果を左右することは言うまでもない。

予防としてのアクション・リサーチ(PDCAサイクル)の利用

治療も大切であるが、より重要なのは予防である。問題(症状)が現れる前から、それが生じないように予防することが大切であり、そのための十分な準備と計画的な教育実践が行われていなければならない。

最近、PDCA:Plan(目標設定)− Do(実行)− Check(評価) − Action(改善)サイクルによるマネジメントの効果が注目され、大学経営等、多くの分野においてその手法が採用されている。その方法はいたって単純である。「目標に合った実践がなされているか」「そのための行動目標は適切であり、かつ、実施期間は明確になっているか」「成果を測る評価指標はきちんと設定されており、適切な方法で評価されているか」「成果と課題から次に行うべきことは何かの省察が行われ、再修正の上、実施されているか」。このサイクルの徹底により、問題発生の防止を行うとともに、よりよい状態に導くための修正を行うのである。まさにアクション・リサーチ的な手法と言える。

PDCAのツリー構造化による効果

このサイクルをより効果的に活用するために、ツリー構造を使用したイメージ化の方法が用いられる(下図参照)。下の学校経営マネジメントの例をみると、「上位目的と実際に行っている行動目標に整合性はあるのか」「評価指標は適切かどうか」「評価期間を限っているか」などが、ツリーに示されることによりチェックしやすくなっていることがわかる。

PDCAサイクルによる予防

授業をこのサイクルでみることのメリットは、授業構成のぶれの予防ができることである。「コミュニケーション能力の基礎を育てる」ことが上位目的であれば、授業の内容・活動(行動目標)に「文法事項に関する知識の習得」が置かれるだけでは十分ではなく、「コミュニケーション活動に必要な技能を育成するための活動」「コミュニケーションへの関心・意欲を育成するための活動」も必要となる。

その日の活動の目標が「canを用いて自分のことを友達に伝える」ことであれば、当然「canを適切に使用して自分のことを伝える」「canを用いたコミュニケーション活動に積極的に参加する」ことが授業において求められるはずである。そのための活動が準備される。そして、評価規準としては、「canを用いて自分のことを伝えることができる」「自分のできることを相手に伝わるように工夫しながら伝えている」などが置かれるはずである。当然のこととして「指導と評価の一体化」が生まれるはずであり、その結果、単元のどこで評価するのかなどの「評価指標」も含んだ「評価計画」もなされ、それらが指導案の形となって表れることになるだろう。

指導に慣れてくると、指導案を作成せずに、長年の「感」に頼って授業を実施しがちである。しかし毎回の授業において、単元目標、その日の目当て、目当てに応じた活動・内容、評価規準、評価方法だけでもツリー構造に記した上で授業を行えば、その日の目標から大きく脱線した授業にはならないはずである。

問題が起きた場合の対処

予防をしても問題が起こることがある。その場合、まずはその原因を突き止めなければならない。症状を抑えるだけの対処ではなく、根本問題を解決しない限り、再発する可能性が高い。教えている3つのクラスの中で1つのクラスだけの問題であるのか、教師の用いる教材や指導法は同じなのか、そのクラスはいつでもその問題が起こるのか、曜日、時間帯、天候等、さまざまな要因を考えることが必要である。もしかしたら、英語の授業単独の問題でない場合もありえる。

そのような場合も考えて、問題が生じた場合は、自分だけではなく、先輩や他教科の同僚に相談することが望ましい。客観的に問題を見つめるためには、授業をビデオに録画しておき、適当な人にアドバイスをもらうようにすると良いだろう。人に見てもらうことで、自分では気づかない点がわかる場合もある。メンターとして身近に信頼のできる人間を持っておくことが大切なポイントである。

教師集団として取り組むアクション・リサーチ(PDCAサイクル)

研修等に参加した直後には、授業改革に取り組もうという熱意が生じても、学校に帰ると、何事もなかったかのように平常に戻ってしまうのはありがちなことである。そうならないためにも、自分ひとりだけではなく、英語科教員が一丸となって授業改善を行う雰囲気を作ることが大切である。自分たちの学校でどのような卒業生を出したいのか、どのような英語力を身につけさせたいのかを全員で共有し、その目標に向かってPDCAサイクルを通して省察を行いながら取り組むことである。

その際、外部評価委員を置くことが非常に重要な鍵となる。教師集団の結束を高めるためだけでなく、利害関係の生じない外部の人間の客観的な評価においてこそ、指摘が可能な箇所も多くあるからである。

最後に

PDCAサイクルは、回せば良いというものではない。質的・量的なデータに基づかないものは、単なる思いつきの取り組みでしかない。また、指導者側からだけではなく、学習者側からの視点や協力を得ることで目標を共有することが大切である。そのための教師と学習者との信頼関係が必要であり、管理的な指導者としての教師ではなく、ファシリテーターとしての教師の役割を果たすことが求められる。

アクション・リサーチ的な授業改善の手法は、教員になってから身につけるよりも、養成段階で知っておく方が望ましい。フィンランドの教員養成プログラムには、応用言語学の量的な授業分析に関する知識に加えて、アクション・リサーチも組み込まれている。教師自身が、質的・量的な授業分析ができることが望ましいということである。今後、日本の教員養成大学等でも、十分な時間をかけて実施するアクション・リサーチやマイクロ・ティーチング等の授業省察のための科目設定が必要であろう。


[参考文献]

佐野正之(2000) 『アクション・リサーチのすすめー新しい英語授業研究』大修館書店

安岡高志(2008) 『なぜ、自己改革システム修得プログラムが必要か』社団法人日本私立大学連盟(「平成21年度自己改革修得プログラム」資料)

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