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「研究ノート」は、ARCLEの研究理事・研究員が注目する自由なテーマを執筆するコーナーです。今回は、上智大学・吉田研作先生です。

外国語教育の改善への提言
上智大学 吉田研作


はじめに

新学習指導要領は、日本の外国語(英語)教育全体に大きな影響を与えるものだと言える。初めて小学校からの外国語活動が必修として導入され、TOEFL®やTOEIC®等のテスト結果にも見られるように、過去何十年にわたって日本人の外国語能力の低さばかりが強調されてきた外国語教育のシステムそのものにメスが入ることになった。また、中学校と高等学校においては、4技能の有機的な統合が強調され、特に高等学校においては、今までのスキル別科目編成が大きく変わることになった(以下、英語教育について述べることとする)。

これらの改革が日本人の英語力の向上につながるためにどうすれば良いのかについて、日本語力を含めた「言語力」の育成、そして動機付けという2つの観点から考えてみたい。

言語力の重要性

新学習指導要領の最も大きな特徴の1つに「言語力」育成の重視が挙げられる。言語力とは、「知識と経験、論理的思考、感性・情緒等を基盤として、自らの考えを深め、他者とコミュニケーションを行うために言語を運用するのに必要な能力」1)を意味する。もちろんここでいう言語力とは必ずしも外国語というわけではなく、むしろ日本語のことをいっていることに着目したい。つまり、小学生から高校生まで、日本語を論理的に、また、ことばが持つ感性や情緒を理解しながら、自らの考えや気持ちを人に伝達できる能力を養成する必要があるというのである。

ここで大切なのは、このような言語力を「国語科を中核としつつ、すべての教科等での言語の運用を通じて、論理的思考力をはじめとした種々の能力を育成するための道筋を明確にしていくことが求められる」としていることである。国語や英語のような語学教科だけでなく、社会、理科、数学等についても、自らの言葉で論理的に、また、明確に人に伝える能力を育成することが求められているのである。

英語教育の充実と言っても、それは決して単独で行えるものではなく、全ての教科を通して「ことば」を使ってコミュニケーションする力をつけることが大切である。カナダのバイリンガル教育学者ジム・カミンズが提唱する相互依存仮説によれば、子どもは、自らの最も強い言語で学習し、認知言語を身に付けることができれば、他の言語を学んだ際に、その言語にも転移できるとされる(ただし、日常会話能力には、必ずしも当てはまらない)2)

特に、ディスカッション、ディベート、ネゴシエーション、スピーチなど、思考を伴う言語活動において外国語能力を伸ばすためには、日本語でも「言語力」をしっかり身に付ける必要があるということである。つまり、今後は英語でより認知的に高度な言語活動を可能にするためには、全ての教科において言語力を育成することが必要だということである。

動機付け

PISA等の国際学力調査の結果を見ると3)、フィンランドが常にトップクラスにランクされている。外国語としての英語力を見ても、最も新しいTOEFL® iBTで97点(TOEFL® PBTで約595点)と、世界の中でも非常に高いレベルにある。それに対して日本人の英語力は、アジアで下から3番目の66点で、特にスピーキング力に至っては、ジャワ語話者(15点)に続いて世界でも下から2番目に低い点数(16点)になっている4)。「日本語と英語が違う語族の言語であるのに対し、英語圏以外のヨーロッパ人は英語と近い言語の話者なので当たり前だ」と切り捨てる人がいる。しかし、フィンランド語はウラル系の言語であり、英語とは全く異なる言語であるにもかかわらず、なぜフィンランド人の英語力は高く、日本人の英語力は低いのだろうか。

言語を学ぶ場合、いくつかの要因が習得のレベルに影響すると言われている。1つは、上記の言語間の構造的距離である。しかし、フィンランド語等の話者のケースを見ても分かるように、これだけではない。世界の言語の構造を見れば、英語を含むインド・ヨーロッパ語族と異なる語族であっても、こと英語力に関して言えば、それなりに高い能力を示している話者はいくらでもいる(例:ハンガリー語、タミル語、バスク語などの話者)。

この言語間の構造的距離というのは、いかんともしがたい要因だが、工夫次第で変えられる要因もある。例えば、学ぼうとしている外国語の社会的重要性に対する認識や動機付けなどはそうだ。構造的観点からは異なる言語でも、それが社会や国の中で重要な意味を持っていれば学ぶことはできる。シンガポールでは中国語、マレー語、タミル語が英語とともに公用語となっており、これらはどれも英語とはかけ離れた言語であるが、人口の80%以上が英語を話すという。言語構造の違いではなく、国自体が英語の必要性を認め、国家政策として英語教育を推し進めてきたこと、また、英語ができることが社会的成功につながるということが動機付けになっているのである5)

シンガポールのように、英語が公用語になっている国では、社会自体に英語を使う環境が整っていることが多く、英語を習得するための社会的素地ができている。しかし、たとえ英語が公用語ではなくても、フィンランドのように、国をあげて英語教育に取り組んでいるところでは、大きな成果が上がっているのである。

TOEFL®の結果を見る限り、日本人の英語力は数十年前からほとんど変わっていない。なぜそうなのか。言語間の構造的距離は変わらない固定要因なので、変容要因である英語の重要性に対する認識とそれを学ぼうとする動機付けが変わっていないからだ、と言えるだろう。2011年からようやく小学校に英語活動が導入されることにはなったが、それについて未だに反対意見が出ていることは、そのことを如実に物語っていると言えるのではないだろうか。

ところで、韓国(TOEFL® iBT 78点)の英語教育はよく話題にのぼるが、韓国では1996年に全て英語で放送されるアリラン国際放送という国際放送局が「放送の国際交流協力事業を通じ、韓国に対する国際社会の正しい理解と国際的友好親善の増進に寄与する」ことを目的に開局し、「在韓外国人の韓国理解増進及び内国民の世界化意識改善のための放送事業(下線部分は筆者追記)」を展開している6)。つまり、社会的に韓国人が英語の重要性を認識できるような方策を積極的に講じているのである。さらに、1997年から小学校英語教育が3年生から導入され、英語教育の過熱ぶりに疑問を呈する人はいるものの、全体として国民の英語力が上がっていることは間違いないだろう。

日本には、このような外国語の重要性に対する意識を社会的に向上させるための方策があるかというと、はなはだ疑問である。しかし、今回の学習指導要領改訂により、小学校から英語活動を導入したことは、大きな前進だと言える。なぜなら、今まで行われてきたいくつもの調査研究から、小学校から英語を学習していた子どもは、学習していなかった子どもと比べて、中学生になっても、高校生になっても、英語や外国の文化、また外国の人とコミュニケーションをとることに対して積極的で好意的な態度や、よりオープンな姿勢を示していることが分かるからである7)。つまり、社会的な変容要因に関してはあまり変化が見られないにしても、少なくとも動機付けという観点からは変化が生まれる可能性があるということなのである。

おわりに

今後、新学習指導要領に述べられている英語力向上の目標を実現するためには、単に外国語の教員だけでなく、全ての教科の教員が、子どもたちの言語力の育成に力を入れなければならない。また、日本の社会自体がもっと外国語の重要性に対する認識を高めなければならないだろう。少なくとも小学校からの外国語活動が、子どもたちの外国語や外国の文化に対する好意的で積極的な態度の育成に貢献する可能性があることについて、積極的に周知を図り、支援をする必要がある。


1 文部科学省(2007)「言語力の育成方策について(報告書案)【修正案・反映版】」(言語力育成協力者会議 第8回 配布資料〈資料5〉)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/036/shiryo/07081717/004.htm
2 Cummins, J. (1984). Bilingualism and Special Education: Issues in Assessment and Pedagogy. Clevedon, England: Multilingual Matters
3  
・OECD (2007) PISA 2006: Science Competencies for Tomorrow’s World. Volume 1:Analysis
・OECD (2007) PISA 2006: Science Competencies for Tomorrow’s World-Executive Summary. http://www.oecd.org/dataoecd/15/13/39725224.pdf
・OECD (2007) PISA 2006: Science Competencies for Tomorrow’s World. OECD briefing note for Japan. http://www.oecd.org/dataoecd/60/6/39726751.pdf
4  
・TOEIC® Test (2008) Test of English for International CommunicationTM.
・ETS® (2009) Test and Score Data Summary for TOEFL® Internet-based and Paper-based Tests : 2008 Test Data. http://www.ets.org/Media/Tests/TOEFL/pdf/test_score_data_summary_2008.pdf
5 Pakir, A. (2001) Bilingual education with English as an official language: Sociocultural implications. In Georgetown University Round Table on Languages and Linguistics 1999. Washington,D.C.: Georgetown University Press. 341-349.
6 金 正勲(2008)「韓国における国際放送の現状と課題 ―アリラン放送を例に―」(第17回JAMCOオンライン国際シンポジウム)
http://www.jamco.or.jp/2008_symposium/jp/005/index.html
7  
・Benesse教育研究開発センター(2007)『東アジア高校英語教育 GTEC調査2006』
・Benesse教育研究開発センター(2007)『第1回 小学校英語に関する基本調査【保護者調査】』
・Benesse教育研究開発センター(2009)『第1回 中学校英語に関する基本調査報告書【教員調査・生徒調査】』
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