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『アジアの英語教育はどうなっているのか』
第1回「香港の英語教育視察−言語環境の大切さ−」

青山学院大学 アレン玉井 光江


私は4年前、香港の小学校と中学校を視察し、公立小学校と私立小学校の英語の授業を見学して先生方とお話をしました。香港では英語は小学1年生から教科として導入され、専科教員が担当していました。

ここでは一つ一つの授業がどのようであったかを報告するのではなく、視察後にどのような感想を持ったのか、また香港での初等英語教育がこれからの日本の英語教育にどのような示唆を与えてくれるのかを中心に報告したいと思います。

言語環境について

まず、香港でもシンガポールのように英語が公用語として使用され、多くの人々が英語を自由に使っていると思われている人が多いのではないでしょうか? しかし、今回の訪問で、想像していたよりも英語が使われていないことに驚きました。1997年、中国に返還されて以来、香港では英語で行われていた授業が広東語で行われるようになりました。また多くの人にとって、仕事を得たり、大学に入学したりするためにマンダリン(標準中国語)を習得することが重要になりました。返還後、英語は香港の人たちにとって実際の生活では使用しない第三言語になったのだと思います。訪問した公立中学校では、なんとか生徒たちの英語学習動機を高めようとして、英語の教員が司書の先生と協力して図書館を授業と連携させて使用するプロジェクトを進めておられました。

返還後、授業の中国語化を進めてきた香港特別行政府ですが、香港の人々の英語の実力が低下していることを問題視し、私が訪問したときは授業を英語で進める (English as Medium of Instruction: EMI)策を再び取り始めていました。その1つとして、今までは生徒にある程度の学習能力があると証明された学校にだけ英語による授業が許可されていましたが、すべての学校において教科単位で英語での授業を行うことが認められるようになったと聞きました。私が見学した中学では上位クラスの理科を英語で行うことができるということでした。

見学した中学校の1つはEMIの学校で、もう1つは広東語で授業が行われていた学校でした。当然ですが、英語の授業では比較ができないぐらいEMIの学校が優れていました。しかしEMIは英語だけではなくほかの授業も英語で行うのですから、母語でも学習が困難な学習者は英語での授業となると、さらに授業内容が理解できなくなります。教育の質を落とさず英語力を上げるためにはどのようなEMIの授業が望ましいのか、日本でも特に高等教育において研究されなければいけない課題だと思います。

またEMIとは直接関係ありませんが、見学した全ての授業がとても早いテンポで進んでいました。英語の授業は基本的に英語のみで行われていましたが、第一言語の広東語からの影響なのかもしれませんが、先生の話す英語が早いと感じました。もちろん早いだけでは良い授業ではありませんが、授業だけである程度の力をつけようとすると、informant(情報提供者)である先生からのインプット量の多少は子どもたちに大きな影響を及ぼすと思います。授業見学をして、改めて教師には授業に直接必要な言葉だけではなく、冗談を言ったり、自分のことを話したりというinterpersonal talkなども自然にできる英語力が必要だと思いました。

教員研修の重要性

香港ではそれまでの初等教育(小学1年〜6年)と中等教育(中学1年〜3の初中課程と、中4から中6の高中課程、または中4、中5の2年制高中と中6、中7の2年制の予科課程)のシステムが日本と同じように「6−3−3−4」制に変更されました。中学3年までは変わりがありませんが、2009年度の高校入学者から新制度が適用されています。私が訪ねたのはそのような過渡期でした。新制度への移行も影響していたと思いますが、訪問した小学校、中学校では教員の校内研修が充実していたという印象を持ちました。先生方は週単位で教科別に研修を積み、私立では校種を超えた研修も盛んに行われているようでした。また長い休暇には自治体からの研修のみでなく、外部団体(例:British Councililなど)の研修も盛んに行われているようでした。教材開発、カリキュラムなど、かなり現場の教員に自由度が与えられているという印象も受けました。自由であるということはすなわち大きな責任を担うことであり、同僚同士でより良い英語教育を模索すべく努力されていました。

校内研修の充実に関しては、日本でも見習うべきだと思いました。日本の公立小学校における英語教育については、私は個人的に、英語の専科教員のみが教えるのではなく、学級担任と英語の専科教員がチームで教えることが最良の策だと思っています。General educatorとしての担任と、language specialistとしてのJTEおよびALTが、それぞれの特色を生かしてTeam Teachingすることこそが初等英語教育を遅れて導入した日本の優れた特長になると思っています。校内研修を進めることで、どのようにすれば教員同士が関わりあいながら、より良いカリキュラム、教材、効果測定を実現することができるのかを考えるのが大切だと思います。

リタラシー教育と小中連携について

上海、台湾でもそうでしたが、香港でもリタラシー能力の開発を非常に大切にしていると思いました。訪問した1つの小学校では行政府から特別の研究費を取得し、リタラシープログラムを開発していました。印象的だったのは日本、韓国でALTとして働いた経験のあるアイルランド人の先生がフォニックスの指導を徹底して行うことの必要性を力説されたことです。

台湾や韓国でも、中学校で期待していた効果が出ていないように感じるクラスを見学したことがありました。香港でも公立中学校のクラスで同様の感想を持ちました。ある程度の言語スキルを小学校段階で教えた後に、中学校では何を育てるべきか、どのように連携させるべきか、国際学会などに出席していても小中連携はどの国でも大きな問題になっているのがよくわかります。香港の先生方は、授業の内容はさほど変えなくても良いが、それぞれを深化させることが大切だと言われていました。ここにリタラシー能力の開発が欠かせないと思います。

2020年度より小学校英語が(高学年において)教科となる日本でも、十分に考えなければならない課題だとこの訪問を通して再認識しました。

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