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台湾における小学校英語教育‐低学年におけるCLILの取り組みについて

文教大学 金森 強


はじめに

 台湾では、1999年から小学校高学年で英語の指導を開始し、現在、中学年が週1時間、高学年は週2時間、いずれも教科として英語を実施している。行政単位で英語指導への温度差があり、低学年から英語指導を実施する地域も少なくなく、訪問した南勢小学校のある新北市では、低学年週2時間、中高学年週3時間の英語の時間が設けられている。

 南勢小学校は、2018年に台湾教育部より研究校に指定され、「健康」「体育」に関するCLILによる指導を行っている。今回、その指導内容、方法、教員養成・研修等について、実際に訪問し調査することにした。以下、研究授業後の研究会(2019年3月21日)に指導助言者の一人として参加した際、授業者、他の英語教員、管理職、指導助言者等のコメント、実際の授業観察から得られたことの報告である。

新北市の英語教育事情

 新北市の保護者の英語教育への関心は高く、多くの児童が英語塾等に通っており、結果として、児童の英語能力には大きな差が出ているという。また、塾等ですでに学習したことや同じような発話のドリル活動は、児童にとって簡単であり、退屈でもあることから、学校で行われる英語の授業への興味や学習意欲が低下しているという。台湾の英語教育の課題として挙げられていたのは2つ。知識偏重になりがちな「覚えるためのドリル」的授業スタイルからの脱却と、教室内における能力格差の解消である。

 台湾では、これまで、フォニックスの指導が盛んに行われてきたようであるが、つづり字と音声の関連についての知識・技能育成を目指す練習は、無味乾燥なプラクティスになりがちで、英語学習への動機づけが失われてしまったり、英語を「聴く・話す」ための基礎が十分に育たなかったりするという反省があるようである。その解決策として、中学年以降の英語授業改革に加えて、低学年からの教科横断・融合的学習方法としてCLILという新たな取り組みが始められている。

 台湾教育部は、低学年からのCLILによる指導のあり方について研究を開始するにあたり、各指定校に専門的な指導助言者を割り当て、さまざまな取り組みを行っている。南勢小学校には、小学校英語教員養成に長年携わっている台北教育大学の戴雅茗教授が指導に入っており、第二言語習得論に合った授業づくりの視点から指導がなされている。

南勢小学校の英語授業の特徴

 参観した授業は、2年生の「安全教育」を内容として扱った授業であった。日常生活で危険な場所はどこか、スクリーンに映し出される状況や場面の写真やイラストに応じて、教師の英語による発話に耳を傾け、考え、判断し表現することがねらいになっている。ターゲット表現は、It's safe. It's not safe.であるが、聴いて理解できるようになること、その表現や関連して用いられる語彙や文を自然に繰り返し発話して慣れ親しむことが目標である。つづり字を覚えさせたり何度も発話練習をさせたりして言えるようにすることを目標とはしていない。自然に教師の後について繰り返すような場合でも、発音の正確性は求めず、指導者は、子どもの発話や反応を上手にほめながら、思考や表現の機会を引き出す工夫に重点が置かれていた。

 主に英語を使って授業は行われるが、Comprehensive Inputとなる質の良いリスニング活動にするため、ICTを効果的に活用したりジェスチャーや顔の表情、必要があれば中国語を使用したりしながら児童の理解を促し、学習への不安を与えない雰囲気づくりに終始していた。どの子どもも集中して授業に取り組めるのは、教員の英語力、教材活用力、ICT教材使用のさまざまな工夫があるからである。

 児童は、教師の発問や指示に英語で答えることを強いられているわけではなく、動作や中国語、英語で反応することを楽しんでいる。TPR(※)の指導についての理解と技術を兼ね備えた教師であるからこそできる授業の運びであり、子どもたちは知らない間に英語を聞きながら、考え、反応しながら、友達と協働的な活動を行う小学校ならではの学びが生まれていた。

※TPR …正式名称「Total Physical Response」全身反応教授法などと訳される指導法

指導者と指導者の教育観・感想

 教員歴2年目の女性の英語専科教員は、大学ではForeign Language Instructionを専攻し、留学経験はないが、BULATS(ビジネスでの英語総合力を測るオンライン試験)のスコアがB2, TOEICが780点という英語力であり、小学校教員の免許を持っている。

 授業では、子どものつぶやきや反応に応じて、身振り手振りを用いたり、ICTのイラストや写真を効果的に用いたり、簡単な英語表現に替えて表したりしながら児童が安心して取り組める温かい雰囲気がつくられている。

 低学年におけるCLIL指導の感想や手ごたえとして、「低学年では、母語の教育も大切であり、英語を学ぶことが負担にならないようにすることが重要だと考えている。児童が、授業形態や指導方法に慣れてきた段階になると、少しずつ母語の使用を減らしても大丈夫になってきた。すぐには理解できなくても、あきらめずにいろいろな視覚情報等を利用しながら理解しようと聴く姿勢がついてきた点は評価されるところである。内容に関連したさまざまな語彙が出てくるので英語だけで説明することは難しく、特に簡単な英語では言い表せない場合が多いので苦労をしている」と答えてくれた。また、実際に低学年から始めることで、「早い段階から自然に英語の音声や文字に慣れるだけでなく、英語の重要性に気づき、中高学年からの英語能力の差を少なくできるのではないか」と期待もしている。

日本における小学校英語教育への示唆

 日本でも小学校段階でCLILに取り組んでいるところがあるが、内容の理解(他教科や国際理解等)が重視されている場合が多く、言語学習としての機会としては十分な授業になっていないことも多い。戴雅茗教授は、南勢小学校の取り組みについて、低学年の外国語学習としてふさわしい「理解できるインプットを多く与えていること」は大変望ましいことであり、インテイクが生まれるように子どもが興味をもてるリスニング活動、インプット体験にすることを続けることが重要であると強調していた。

 小学校段階におけるCLIL授業の省察・評価を考えると、内容面の理解に加えてComprehensive Inputとしての言語学習として成立していたかどうかがポイントになるといえる。Comprehensive Outputがなければ技能の定着が起こらないことも当然ではあるが、日本の多くの小学校では発話をさせるためにチャンツで短時間に語彙やフレーズ等を覚えこませたり、覚えきれずにカタカナでふりがなをふったりして発表や会話活動をさせているというのが現状である。塾や英会話教室で多くの英語に触れることができる児童でなければ達成できない目標をやらされるあまり、英語への自信をなくしたり興味をなくしたりしている児童がすでに出ているとさえいわれている。このように、発話を急がせる傾向が強い日本の英語教育の現場に、たっぷりのインプットの時間を提供できる一つの方法として、低学年のCLIL的アプローチによる授業は、新たな取り組みとして期待できるのではないだろうか。他教科とのクロスカリキュラムや学校行事とつなげることができるのが小学校の強みでもある。

さいごに

 2020年、高学年の英語の教科化、中学年における領域としての英語の完全実施が始まるが、次の段階としては、低学年での英語指導が想定されるだろう。何を目的にどのような指導方法で実施するのか、十分な調査・研究と準備が必要となる。もちろん、実施しないとする選択があってもよいはずである。また、英語ではなく、「ことば・コミュニケーション科」として外国語を用いながらことばやコミュニケーションの大切さや意義に気づく時間としての新たな切り口が生まれる可能性もあるだろう。児童期における音声面への優位性に加えて、内容を工夫することで、台湾で取り組んでいるCLIL的なアプローチにも教育的意義を見出せるかもしれない。

 日本で低学年においてCLIL的アプローチによる英語授業を実施するためには、教員の養成が重要になる。小学校における教育に精通し、英語指導に関連する十分な知識と技能を身につけている教員の養成が急務である。教員養成大学においては、CLILによる指導に必要となるOral MethodやTPRによる英語指導の知識と技能、音声英語運用能力の育成が教育カリキュラムに求められることになるだろう。現行のコア・カリキュラムで確保される教育内容や授業時数程度では、到底十分であるとはいえない。

 今後、台湾の英語教育の研究を継続的に続けながら、低学年におけるCLIL的アプローチに適した授業内容、指導技術、教材開発、教員養成について明らかにしていきたいと考えている。

 

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