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「聴き解く力」の育成を−読解力の前に育てておくべきこと

文教大学 金森 強


0.はじめに

 台北教育大学の戴雅茗教授は,低学年におけるCLILの意義の1つとして, 外国語学習への抵抗や不安が少ない時期に音声英語としての十分なComprehensive Inputを可能とする点を挙げていたが、その指摘は、日本の英語教育においても考慮すべき重要なポイントであるといえるだろう。さらに、音声言語運用能力指導の必要性は,外国語教育のみならず母語教育においても押さえておくべき点であり、これから始まろうとしている教育改革に深く関係するところでもある。

1.思考力・判断力は表現活動で測られる

 大学入試が変わる。思考力・判断力・表現力の育成を重視し、それを測るための記述式の問題が加わり,受験生は内容に関して熟考し,自分の考えを編成し論理的に表現することが求められる。それゆえ、今後,読解力育成や小論文の指導に対する関心が高まるのは必至である。一方,大学入学後の演習形式の授業や卒業後の社会においては,音声言語による情報を正しく理解・判断し,口頭で適切に表現する力が求められるのも事実である。

ひらがな,カタカナ,漢字,ローマ字と4種類の文字を用いる特殊な言語環境にある日本においては,早い段階から文字指導のために時間と労力を注ぐことが必要であり,その分,音声言語に対する十分な指導が施されていないのが現状である。海外の小学校のカリキュラムを見ると,小学校低学年からスピーチの授業があったり,中学・高等学校では劇や舞台表現等の授業が見られたりする。音声言語を含めた表現学習が体系的に組み込まれ,文字言語と同様に大切に指導されている。日本では,その両方の能力が国語教育に包含され,系統的に育成されていると錯覚される節があるが,実際は,音声言語としての指導は十分にはなされておらず,多くの人が,スピーチや口頭による発信活動を苦手とするのも当然の結果だといえるだろう。

2.音声言語としての言語力育成から

 スイスのバーゼル市における複言語主義による言語教育調査を行った際、多様な言語・文化的バックグラウンドをもった子どもたちに対するドイツ語(教育言語)の指導におけるさまざまな工夫を見ることができた。よき市民を育てるためには,よき教育の提供が不可欠であり,言語力の保障こそがその土台と考えられている。アカデミックな力を育むためには,それぞれの分野の専門的な語句,文体等の言語力の育成なくして,身に付けさせることはできない。また,高次の言語力を身に付けさせるためには,さまざまな分野に関する多量の読書が必要であり,文字言語を通した豊富な受信活動の機会をもたせることも必要になる。

 ただし,言語習得の初歩段階としては,音声言語による理解可能なインプットを豊富に与え,簡単な発話活動から次第に複雑な発信へとつなげることが必要である。特に,実際のコミュニケーションを通して,つまり,家庭や地域・教室における営みや何かの目的を達成するために言語を使用することでこそBICSとしての能力が身に付くのである。CALPを身に付けるとともに,BICS育成のための教育・体験の充実も要求されるのである。その目的を効果的に進めるための指導法としてCLILが用いられているのであり,日本における外国語としての英語教育とは根本的に条件が異なるといえるだろう。

 いずれにしても,初期段階においては,音声言語としての能力育成が十分にできていない状態で文字言語の指導は難しい。特殊な状況を除けば,人の話をしっかりと聴き,理解できている子どものほうが音声言語による表現力が豊であるだけでなく,読解力も高いことが多い。音声言語としての受信活動を豊富にもつことが,文字言語としての基礎力につながるといえるだろう。つまり,文字言語の指導の前に音声言語を育成する段階が必要であり,音声言語として,基本的な「聴く力」「話す力」の育成なくして,次のステップは考えられないはずである。

3.「聴き解く力」

 音声言語能力の基本となるのは「聴く力」である。その指導においては,与えられる情報や話の内容をただなんとく「聞く」のではなく,その内容や構成のみならず,話者の話し方も含めて意識的に「聴く」ことが必要となる。この,よりよく「聴く」ための能力を「聴き解く力」とし,その能力育成に必要な指導内容や方法を考えてみたい。

 人の話を聴く際,我々は,コミュニケーションの目的や場面・文脈,状況を考慮し,以下のような聴き方をしている。

  •  @ 内容を予想する(予想)
  •  A 要点や概要を捉える(整理・記録)
  •  B 話者や話に出てくる人物等の気持ちを感じとる(共感)
  •  C 話の前後の内容や流れに矛盾がないかを判断する(論理展開)
  •  D 自身のもつ知識や経験と照らし合わせ,判断する(クリティカルシンキング)
  •  E 全体の流れや内容,話し方から話者の価値観・意図・姿勢を捉える(話者理解)
  •  F 提示された課題や問題に対する解決策や答えを考える(自身の考えの再構築)
  •  G 使用される表現や例えを吟味する(分析・鑑賞)

 「聴き解く力」を育てることは,結果として読解力の育成にもつながる。なぜなら,情報の処理において音声が果たす役割は大きく,内容の理解にも影響するからである。同じスクリプトでも,読み手が異なる音声をのせて処理した場合,書き手の意図と違って理解されることがある。会話では,話者の声のトーン,スピード,表情,ジェスチャー等(paralanguageや nonverbalな特徴)を総合的に判断することで,発せられた言語の意味は処理されることになる。特に,話者の気持ちや想いはプロソディー(韻律)で表されることが多く,意味処理において重要な役割を果たす。また,相手の話をしっかりと聴いているからこそ反応をしたり,的確な質問をしたりすることで会話を継続することができるのである。「聴く」は「訊く」(問う、尋ねる)につながり,手に入れた情報を他の事象とつなぐことで,自分の思いを描いたり発信したりすることにもつながるのである。

4.すべての教育課程を通した「聴き解く力」の育成を

 「聴き解く力」の育成には,その能力育成を目指した意図的な指導や言語活動が必要になる。その力は,3.で挙げた@からGの聴き方が起こる言語活動を準備することなしには育たない。「聴き解く」活動に連動したワークシート等を準備したり,事前の発問で課題を与えたりするなど,意識的に取り組む必要があるといえるだろう。しっかりと「聴き解く力」が育ってくれば,音読の仕方も変わるはずである。内容が伝わり,自身の思いや考えがよりよく伝わる音読につながるはずである。

 各教科の見方・考え方の育成は,学習者が内容・課題について,自身の思いや考えを表現できるかどうかで判断されるはずであり,各教科・領域の専門用語や表現方法を駆使しながら論理的に発信できるかどうかであるともいえるだろう。まさに,この力こそがこれからの大学入試において問われることになるのである。その指導のためには,発達段階に応じた教育内容が準備されなければならないことはもちろん,早い段階においては,音声言語として「聴き解く力」の育成を意識することから始めるべきであろう。発話活動において使える表現は,聴いたことのある表現に違いない。一度も聴いたことがなければ,使用されることもないはずだからである。

5.音声言語としての「英語を使える日本人の育成」

 これまでの日本の英語の試験は,ほとんどがペーパーテストによるものであった。そのため,早い段階で文字を導入し,文字言語としての英語指導に集中してきた感は否めない。今後,大学入試改革におけるスピーキングテストの導入やリスニングテストの重視,中学校・高等学校におけるパフォーマンステストの実施が行われることで,音声言語としての英語指導の充実が求められることになる。

 小学校から高等学校まで,発達段階に応じて,各技能の指導の配分は異なる。受信活動と発信活動,音声言語と文字言語,リスニング,スピーキング,リーディング,ライテイングをすべて同じ割合で指導することがバランスのよい指導とは限らない。発達段階に応じた適切な指導がなされなければならないからである。早い段階で文字言語としての指導を行ってしまえば,「聴き解く力」が育つはずもない。リテラシーを育てることは大切であるが,その前にやるべきことは何なのか,今一度考えることが必要ではないだろうか。

 音声言語としての教材や指導法が十分揃わない限り,英語を得意としない教師たちは,指導しやすい文字言語を用いた授業に走ってしまうだろう。母語教育と同様,外国語教育においても「聴き解く力」を意識した指導から始めるほうが望ましいはずである。音声言語としての英語指導,「聴き解く力」を意識した英語指導を大切にし,育てるべき力を育てるとともに,必要となるリテラシーの育成に進んで欲しいと願う。

 

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