ARCLE理事によるコラム、第4回は、文教大学・金森強先生です。
中央教育審議会は、「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して〜全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現〜(答申)」(令和3年1月26日)をとりまとめている。2020年代を通じて実現を目指す学校教育を「令和の日本型学校教育」とし、「全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学び」の実現に向けて、一人一人の子どもを主語にする学校教育の姿、子どもの学びの姿、教職員の姿、教育環境について記している。本論は、この答申に応じた英語教育の在り方について考察するものである。
一人一人の特性・学習進度・学習到達度等に応じた重点的な指導や指導方法・教材等の工夫を行う「指導の個別化」によって、全ての子どもが一定の目標を達成することを目指すことになる。一方で、一人一人の興味・関心・キャリア形成の方向性に応じた「学習の個性化」により、教師はこれまで以上に子どもの成長やつまずき、悩みなどの理解に努め、個々の興味・関心・意欲等を踏まえた個に応じた学習活動や課題に取り組む機会の提供を行い、きめ細かな指導・支援を行うことが求められることになる。
その実現のためには、学びを通して、学習者が自らの学習状況を把握し、主体的に学習を調整することができるように促すことが重要であり、各自の異なる目標に向けて、学習を深め、広げることが重要となる。デジタルポートフォリオを効果的に活用したり、デジタル教科書と関連する音声や動画・AI機能付きの多様なデジタルリソースや学習支援ツールを効果的につなげる工夫をしたり、また、家庭でのGIGA端末活用による学びの連続性を生み出すこと等が必要となる。そうすることで、学習者は、多様な資料へのアクセスが可能となり、指導者側は、学習状況の把握、学習成果物等の収集・保管、きめ細やかなフィードバックによる形成的評価、成果物の共有やグループによる課題の協働作成等を通した質の高い協働的な学びの実現が可能となる。
異なる考えが組み合わさり、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し合うことによって、様々な社会的な変化を乗り越え、持続可能な社会の創り手となるために必要な資質・能力を育成することが重要となる。「個別最適な学び」が「孤立した学び」に陥らないよう留意し、多様な他者との協働的な学びが期待されている。「個別最適な学び」の成果を「協働的な学び」に生かし、2つの学びを一体的に充実することを目指すには、真の意味での協働学習が生まれる活動や指導方法、また、クラスの人間関係やお互いを受け止めあう姿勢、学びへの主体的な姿勢が醸成されていることが必要条件となる。
協働学習と言いながら、実際は、そうなっていない例を見ることがある。例えば、一方がlittle teacherになり、片方は教えられるだけになって終わっている場合である。ジグソー法による活動において、聞いたことを覚え、次に渡すだけで終わってしまい、一人一人の高次の思考能力が育つ機会となっていない場合がある。自分で考え、伝えあい、やり取りを通して内容を整理・再構築し、自分の言葉として発信することが生まれるかどうかが重要である。全員が活動しているように見せる授業ではない。技能教育の側面を有する英語授業では、習熟度別クラス編成ができない状況において、学び合い、高め合いが生まれる協働的な学びの実現は難しい面が多い。
英文を生成AIに入れて語彙レベルを指示すると、ほんの数秒で、レベルに合わせた英文に作り直してくれる。テキストの内容・要点を問う問題もあっと言う間に作成してくれる。音声読み上げ機能を用いれば、音声教材の作成も可能である。目の前の児童・生徒の個別のニーズに合わせた教材作成が容易にでき、学習者に渡すことが可能となる。使わない手はない。
中高のWritingの授業を見ると、生徒は、テキストや辞書の例文を真似たり参考にしたりしながら英文を書く。生成AIを用いると、膨大な例文を提示してくれる。英文のレベルを指定すれば、その範囲での提供も可能となる。自分が書いた英文と作成された英文の違いを丁寧に確認しながら、校正する時間を持てば、一人一人の学習者に応じた学びが起こることになるはずである。今後は、AIを用いて、学習者が個人の学びを深めるための指導方法や教材の提供が教員や教材作成者の役割となる。
大学の授業において、学生にスピーチを課す際、原稿作成段階での翻訳機能、文法チェック・文章校正アプリの活用を認めている。最終原稿までのプロセス・校正履歴が分かる様式で提出させるとともに、スピーチにおいては、作成した英文を単に読み上げるのではなく、キーワードを記したメモを用いながら、想いや考えが聞き手によく伝わるように工夫をして話すことができているか、内容に関する英語による質問に英語で適切に答えることができるかどうかを評価する。こうすることで、内容をしっかり考え、自分のものにしておくことが必要になる。自律的に、自分の学びの向上のためにAI等を効果的に利用することを心掛けさせることが大切だと考えている。
教師や友達からのフィードバックがあってこそ、豊かな学びになったり深い学びにつながったりする。その点において、コミュニケーションやフィードバックが簡単にできることは、デジタル教材の強みであり、学習成果物をラーニングポートフォリオとして容易に残しておくことができることは、ICTだからこそ可能なことでもある。自身の学びのメタ認知を効果的な振り返り活動を通して進める、学びのオーナーシップを支えるための指導が望まれる所以である。
一方で、簡単に莫大な量の成果物を集められることの長所は、学習成果物等に目を通すことになる教師側にとっては、多くの時間が必要になってしまい、短所でもある。AI機能を使った校正やフィードバックのサポートができる体制を整える必要がある。そうでなければ、結局のところ、教師の労力を軽減することは難しいからである。
Chat GPTにできないことを聞いてみると、「経験に基づく知識は身に付けられない」と答える。「絶対解」は出せても「納得解」を導きだせない。人間関係や状況を踏まえて、効果的なタイミングで渡すべき適切な内容を作りだすことはできない。感情の表現もできない。人間にはそれができる。教室、学び舎における教育が目指す所はここにあるはずである。
人は言葉でものを考えたり表現したり、物事を成し遂げたりする。人は、人の間に生きて、成長し、人と関係を作りながら共に働き、目標とする事を成し遂げる。共同体を作り、守る。家族・仲間と絆を結び、認め合い、愛し愛される。また、言葉は思考を表現するものである。言葉の大切さに気づかせ、言葉を用いて自らの想いを表現することで人間的成長を促す教育を目指したい。
デジタルを効果的に用いた「あり得るべき教育」に向けたマインドセットのリセットが余儀なくされている。AI、ICTに任せる部分と人間だからこそできる教育を上手く融合し、言葉・コミュニケーションとしての教育に作り上げることが必要と言える。
入試や英語運用能力試験のスコアを上げるための教育ではなく、日本語、英語を問わず、児童生徒が、考えたこと、感じたことを受け止めあい、工夫しながら表現しあいながら思考を深める教育が求められているのである。
参考資料
内閣府 (2021). Society 5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ<中間まとめ>. 総合科学技術・イノベーション会議 教育・人材育成ワーキンググループ
文部科学省(2021). 「令和の日本型学校教育」の構築を目指して〜全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現〜(答申). 中央教育審議会
文部科学省(2023). 個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実に向けた教科書・教材・ソフトウェアの在り方について〜審議経過報,告〜. 中央教育審議会特別部会
文部科学省(2023). 「義務教育の在り方ワーキンググループ論点整理」. 特別部会WG