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ARCLE理事によるコラム、第5回は、東海大学・長沼君主先生です。

【コラム】CEFR/CVから見るデジタル時代のコミュニケーション能力観


長沼 君主(東海大学)


1.GIGAスクール構想で求められるICTの活用

 現在、GIGAスクール構想のもとでICTの活用が推進されており、小・中学校では一人一台端末を使った授業が当たり前になってきています。今年度から順次行われる教科書改訂により、学習者用デジタル教科書にはさらに進んだ機能が盛り込まれ、「個別最適な学び」や「協働的な学び」を切り口として、教科全般に渡っての学びの変革が起こっています。それでは、このような時代の変容の中、言語コミュニケーションには何か変化は起きているでしょうか。
 生成AIや機械翻訳などのデジタルツールの活用においても、自分の言いたいことを伝えるアウトプットを自動で生成したり、AIによるアドバイスに応じて修正したり、日本語から英語への翻訳を行ったり、逆に相手の伝えたいことや様々な媒体による情報等のインプットを英語から日本語へと翻訳したりと、ICTを介したコミュニケーションの技術は日々進化しつつあります。

2.デジタル時代に必要となるコミュニケーション能力

 ICT活用以前から辞書を用いた産出や理解は真の力なのかといった議論がされてきていますが、現実社会での課題解決場面では当然のように活用される道具による支援は、学習場面ではなるべく頼らない方がよいとされ、とりわけ評価場面においては避けられる傾向があるかと思います。極端な言い方をすれば、教室での学びにおいては、道具を用いることのできない足枷の中でコミュニケーションを行っているとも言えます。
 バトラー後藤(2021)では、ICTの技術革新と使用拡大が進む社会背景の中、コミュニケーションがマルチモダル化し、言語と非言語の境界があいまいになりつつある現状を踏まえ、デジタル時代に必要となるコミュニケーション能力を「言語を主としたマルチモダルの媒体でのコミュニケーションに必要な能力」と定義しています。その上で従来のコミュニケーションモデル(Canale & Swain, 1980など)を見直し、デジタル環境の中、基本的な言語知識を適切に使用し、言語を自律的にかつ創造的に用いながら、デジタル空間を含むインターパーソナルな空間で拡張・発展していく社会的な力を含む力としてモデル化してとらえています。

3.CEFR/CVにおけるコミュニケーション能力観

 現行の学習指導要領では、CEFR(Council of Europe, 2001)を参照し、これまでの4技能から5領域(技能)で、CAN-DO形式による学習到達目標を立て、評価を行うように変わりました。話すことがやり取りと発表の2つの領域に分かれた点が大きな違いとなりますが、大本となるCEFRでは、その補遺版(Companion Volume:CV)が出され(Council of Europe, 2018, 2020)、口頭でのやり取りに加えて、「書くこと及びオンラインでのやり取り」(Written & Online Interaction)が参照枠(自己評価表)に追記されました。CEFR出版時には見送られ、書くこととして統合されていた書き言葉でのやり取りについても、メールやSNS等の広まりを受けて、発表能力とは分けた記述となっています。
 CEFR/CVはCan-Do尺度(scale)を中心に編纂されている点が特徴となり、個々の言語活動のCan-Do尺度のレベルのプロファイルを重視しており、書くことのやり取りは「対人的な交流」(Correspondence)と「情報の伝達」(Notes, messages and forms)の言語活動に大別されています。これらはCEFRでも含まれていた尺度ですが、ICTの活用により拡大した様々なコミュニケーションをとらえるため、尺度の記述内容が大幅にアップデートされました。やり取りの性質から、補償方略等を用いて誤解を修正する機会などがあり、正確さへの要求が高くないとも述べています。
 CEFR/CVにはまた、新規にオンラインでのやり取りの尺度が追加され、マルチモダルなモードとして、書くことのやり取りの尺度とは区別されました。従来の能力尺度ではとらえることが困難であり、様々なリソースの共有などをオンラインでリアルタイムに行える一方で、その場で誤解を見つけたり、修正したりするのが難しい点で、対面コミュニケーションとは異なるとしています。オンラインで通話を行いながら、画面で資料を共有し、チャットでもやり取りを行うなど、同時並行的なマルチモダルな処理が求められるようになったことで認知的な負荷が高くなっていると言えるでしょう。それでは,そうした問題にどのように対処したらよいのでしょうか。
 デジタル時代のマルチモダルなコミュニケーションにおいては、「メッセージの余剰性の必要性」や「メッセージの正確な伝達の確認の必要性」がCEFR/CVでは指摘されています。また、「理解を助け、誤解に対処するための言い換え能力」が必要であるともされ、より積極的にコミュニケーション方略を用い、誤解を避けるための工夫が必要となりそうです。もう一つ重要と思われるのが、「情緒的反応(emotional reaction)を扱う能力」です。バトラー後藤(2021)でも指摘されるように、デジタルテクノロジーを利用した言語コミュニケーションは人間の認知機能の一部を肩代わりし、拡大する可能性がある一方で、言語使用の本質である「身体化した思考、社会性、感情・情緒の伝達」が薄れてしまう危険性があり、教育場面においても、身体性、社会性、感情・情緒性を補っていく必要があるでしょう。
 CEFR/CVのオンラインでのやり取りのCan-Do尺度を見てみると、よりオープンエンドな「オンラインでの会話・議論」(Online conversation and discussion)と、課題達成に向けたクローズドな「オンラインでの目的に向けた取引・協働」(Goal-oriented online transactions and collaboration)の言語活動に分かれています。ここで着目したいのは、オンラインでの会話や議論において、Pre-A1やA1、A2レベルで、オンライン翻訳ツール(online translation tool)や他のオンラインツール(online tool)の助けに頼りながらコミュニケーションを行う能力記述がなされていることです。こうした道具の使用は自立的な使用者であるB1レベルにおいても見られ、言語のギャップを埋めるためや正確さの確認のための使用が記述されています。デジタルツールを能力の一部として活用しつつ、次第に支援を必要としないように発達していく様子が尺度で描かれています。
 その他、デジタル時代のコミュニケーションに関するCan-Do尺度として、CEFR/CVでは口頭でのやり取りにインターネットアプリの使用を含む「遠隔での通信」(Using telecommunication)が加えられました。また受容技能においては、以前から「視聴覚での理解」(Audio-visual comprehension)の技能において、「テレビや映画を観る」尺度が設けられていましたが、「テレビ、映画、動画を観る」(Watching TV, film and video)と変更され、動画の視聴が追加されました。こうした受容技能におけるマルチメディアの記述は、アメリカの熟達度ガイドラインのレベルに基づいたCan-Do尺度(ACTFL, 2017)でも、その解釈モード(interpretive communication)の記述に含められており、今後一人一台端末で動画の活用が進む中、テキストなどの視覚情報を含む理解を、従来の聞くことや読むことの能力とは区別して、マルチモダルな情報処理能力と位置づけ、真正な能力として取り扱っていく必要がありそうです。

4.CEFR/CVの新しい仲介コミュニケーションモード

 CEFR/CVではやり取りのモードが大きく2つに分かれ、書くこと及びオンラインでのやり取りが含まれましたが、個別の技能ではなく、コミュニケーションモードから能力をとらえようとしています。CEFR/CVで新たなモードとして加わったのが、仲介または媒介(mediation)モードです。仲介モードというと、通訳や翻訳がイメージされますが、より広い言語活動として、新たに一つのモードとして参照枠(自己評価表)に加えられました。仲介活動には、情報伝達のためのリテリングやノートテイキング等を含むテキストの仲介(Mediating a text)も含まれますが、衝突の回避などの橋渡し的なコミュニケーションの仲介(Mediating communication)に関する尺度や、さらには概念の仲介(Mediating concepts)の尺度では、協働的なやり取りを促進し、協働的に意味を形成し、対話による思考を促進するといった協働的な活動に関する能力が記述されています。
 バトラー後藤(2021)では、デジタル時代に必要となるコミュニケーション能力として、自律的言語使用能力、創造的言語使用能力と並んで、社会的言語使用能力をあげており、社会言語使用能力をめぐる議論の中で、社会で求められる力が、リーダーシップなどの従来重視されてきた個人的な資質・能力から、「言語を使って他人と協調しながらタスクを遂行する力」へと変容してきていることを指摘しています。CRFR/CVでは、コミュニケーションの仲介に「複文化的空間の構築の促進」(Facilitating pluricultural space)の尺度が含まれていますが、別途さらに、複言語複文化能力(Plurilingual and Pluricultural Competence)に関する尺度も追加されました。デジタル空間も含み拡大しつつある社会的言語使用を考える上では、こうした協働的な言語使用や異文化間コミュニケーションにおける関係構築・推進のための言語使用に注目していく必要があるでしょう。

参考文献
ACTFL (2017). NCSSFL-ACTFL Can-Do Statements. ACTFL.
Canale, M. and Swain, M. (1980). Theoretical bases of communicative approaches to second language teaching and testing. Applied Linguistics, 1(1), 1-47.
Council of Europe (2001). Common European of reference for languages: Learning, teaching, assessment. Cambridge University Press.
Council of Europe (2018). Common European of reference for languages: Learning, teaching, assessment. Companion volume with new descriptors. Council of Europe.
Council of Europe (2020). Common European of reference for languages: Learning, teaching, assessment. Companion volume. Council of Europe.
バトラー後藤裕子 (2021). 『デジタルで変わる子どもたち―学習・言語能力の現在と未来』 筑摩書房.

 

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