ARCLE理事によるコラム、第8回は、文教大学・金森強先生です。
人前でスピーチをしたり会議で自分の考えを述べたりすることには心理的抵抗を感じるものである。自分の想いや考えをうまく伝えることができるか,活舌が悪くなったり,話す内容を忘れてしまったりしないかと不安になるからである。外国語学習においても,特に発話活動の際に同様の不安を感じることが起こる。文法や発音の正確さを意識したり,他の学習者と自分の英語力を比較したり,また,指導者や他の学習者からの評価を気にしたりすることで,不安や緊張が高まり,学習効率や学習成果が落ちてしまうことにつながりかねない。結果的に英語学習への動機づけや自己肯定感が下がることさえもある。
発話活動には聞き手の存在があり,相手の理解や反応によって,その場で評価が下されることにもなる。そのため,間違えたり,表現できなかったり,うまく伝わらなかったりすることが続けば,自身の能力の不十分さが明らかになり,情意フィルターが高くなり,発話活動への取り組みに消極的になるのも当然と言えるだろう。
このような外国語による発話活動への不安を和らげる方法の一つとして,自分の顔を隠し,アバターの姿として会話を行うメタバースを用いた活動は,発話への情意フィルターが下がり,活動量や活動への主体性の高まりが期待できる。以下,メタバースを利用した発話活動の実践報告(中間)から,メタバースの英語教育への利用の可能性を考えてみたい。
メタバースを用いた教育の長所として,学習者の学びへの興味を刺激すること,グループ活動や協働学習,学習者と指導者のインターアクションを促進すること,学習成果が向上すること等が挙げられる。ただし,言語教育に関する研究は十分には進んでおらず,今後,多くの実証的研究が行われることで,その成果に基づいた新たな教育実践が期待されるところである。特に,日本の初等中等教育レベルにおける研究においては,不登校児を対象にした教育・支援等へのメタバース利用の取り組みはあるものの,各教科教育におけるメタバースの活用の研究はあまり進んでいない段階だと言える。
倉田(2024)は,離島の小学校教員に対するアンケート調査から,指導者がメタバースを利用した教育活動において期待する資質・能力を「自律的な行動力」「コミュニケーション能力」「情報活用能力」「思考力」「表現力」「好奇心」「広い視野」としてまとめている。言語教育・外国語教育への活用につながる研究でもあり,倉田氏に本研究への専門知識と氏が作成したメタバース空間:ハワイのビーチをイメージした空間の提供をお願いすることとした。
さらに,メタバースを専門的に扱っているリプロネクスト社(代表・藤田献児)と「教育におけるメタバース利用に関する共同研究」を進める締結を行い,メタバース空間(デパート,フードコート,会議室等)の提供,メタバース使用に際して,事前の指導・説明,実施の際の補助をお願いすることとした。これまでにリプロネクスト社がサポートして実施してきた鹿児島大学教育学部附属小学校,浜松市立西小学校,また,杉並区立堀之内小学校における英語授業の取り組みの情報等から実施の際のインターネット環境等のハード面,事前に共有すべき情報等に関する条件整備を整えることで,スムーズに進められるように準備を行った。
沖縄県名護市の教育委員会に研究活動への協力を依頼し,小学校,中学校の数校において,メタバースを利用した英語によるコミュニケーション活動の実施に向けた具体的な準備を始めた。必要となる環境整備や指導者への説明の後,実際にメタバースにおけるコミュニケーション活動に立ち合い,観察評価を行うとともに児童生徒・指導者へのアンケート調査等から以下の6つの仮説検証を行うことを目的として授業を実施した。本コラムでは,研究の中間報告として,指導者の感想や観察することから見えてきた部分のみを述べるにとどめる。
【仮説】
【実際の活動】
【指導者の感想】
【実施した取り組みに関する指導者から出された課題】
メタバースの利用に際しては,参加者への事前の説明を十分に行い,指導者,学習者ともにその利用に慣れるための時間や練習が必要となること,情報リテラシー教育の実施,WiFi環境やクラスサイズに応じた教室数の準備,ITC支援員のサポート等が肝心となる。
小学生と中学生のやり取りの活動を実施した他の取り組みでは,会話が途中で途切れたり,理解できない,あるいは,十分に伝えきれないままに終わってしまったりすることがあったようだ。しかし,今回話す相手は,教員であったり,教育学部の学生であったりしたので,小学校の英語授業の目的や内容が分かっており,ファシリテーターとしてのミッションを遂行するために丁寧なフィードバックやリキャストがあったことから,児童生徒が安心して活動に取り組むことが可能となり,会話を弾ませ,会話を継続させることにつながり,達成感を高めることにつながったようである。
普段,コミュニケーションを持つことを苦手とする学習者がメタバース空間において現した姿から,アバターを用いることの利点が見えてきた。英語による発話活動への不安を少なくするためにメタバース空間における活動を効果的に利用する指導方法・教材の開発が期待される。
ICTが劇的な発展を遂げる中,教室の中の閉ざされた授業に固執する必要はない。教科書と黒板とチョークと私(教師)の授業だけではなく,ICTを効果的に用いて実社会につながる多様な授業・教材の創造が期待される。対面で実施される教室における英語授業の良さを活かしながら,ICTを効果的に用い,個別最適な教育と協働的な学習の一体的な実現を目指した英語教育の在り方を探り続ける必要があると言える。メタバースを利用した英語授業の研究を継続して行い,効果的な利用のための情報提供,授業案・教材等の提案を行いたい。
参考文献
Liangjie Fan, Juiching Chiang(2023). “A systematic review of the application of metaverse in language education: Prominent themes, research methods, impacts, and future challenges” Journal of Language Teaching, 3(10), 1-14, https://doi.org/10.54475/jlt.2023.026
Lourdes Ortega(2009). Understanding second language acquisition. Hodder Education
Ming Li and Zhonggen Yu “A systematic review on the metaverse-based blended English learning” Frontiers in Psychology https://www.frontiersin.org/journals/psychology
加納寛子(2024). 「メタバースを活用した教育の可能性 −不登校の児童生徒を対象とした授業や教員養成を目的とした授業の報告‐」日本情報教育学会誌 『情報教育ジャーナル』 Vol. 5 No. 1
倉田伸他(2024).「離島の小学校の教師が期待するメタバースでの学びの検討」日本教育工学会 2024年 秋季全国大会 プロシーディングス
*2024年度文教大学教育学部共同研究費(競争枠)による「外国語教育にメタバースを用いることの効果に関する実証的研究―学習者の発達段階や特性に応じた効果的な指導法・教材の開発のために−」の中間報告である。 研究代表者:金森強,共同研究者:奥村真司,土肥麻佐子,福田スティーブ利久