ARCLE理事によるコラム、第9回は、上智大学・和泉伸一先生です。
2025年2月22日に実施されたARCLE最後のセミナーのテーマは「これからの英語教育『変わること・変わらないこと』〜User・Learnerの2つの視点から考える〜」でした。本稿ではその内容を振り返るとともに、当日の議論で十分に伝えきれなかった点について述べさせていただきたいと思います。
近年の英語教育は「変わること」の連続でした。コミュニケーション志向の授業、4技能統合指導、ICT活用、指導と評価の一体化、英語での授業実施など、変革の波は絶えません。今回のセミナーでは、こうした変化を「User」と「Learner」の視点から俯瞰的に捉える試みがなされました。特に、Userの視点から教材や授業を見直し、英語を「使う」ことを通して「学び」を深めることが、21世紀の英語教育において不可欠という点が強調されました。
従来の英語教育では文法や語彙の暗記が重視され、言語の「使用」に重点を置く機会が少なかったように思われます。しかし、現代の英語教育では、学習者が実際に言語を使う機会を意識的に増やすことが求められています。この変化を捉えるには、教師がどのようにUser視点を授業に取り入れるかが鍵となるでしょう。
一方で、英語教育がどれだけ変化しても、「変わらないこと」もあります。それは、教師が生徒を導き、英語という言語を教える責任を担い続けることです。User視点に対してTeacher視点があり、さらに学習者の立場に立てばLearner視点となります。教師自身もまた生涯学習者であり、成長し続ける存在であるため、「Teacher=Learner」という視点も重要になります。
英語教師は単に言語の知識を伝えるだけでなく、英語使用者となる生徒の学習の道筋をつくる役割を担っています。特に、現代の学習環境では「自律学習」(autonomous learning)の考え方が重視されるようになりました。そこで、教師は生徒が自ら学ぶ力を育む支援者であり、そのための適切な指導方法が求められています。また、お互いをUserあるいはCommunicatorとして尊重し、語り合える関係を構築することも急務となっています。
User視点を英語授業に取り入れる試みは、これまでも一定程度行われてきました。例えば、授業の前半をTeacher・Learnerとして行い、後半の活動をUserとして実践の場とする、いわゆるPPP(Presentation-Practice-Production)の流れがその典型と言えます。
<PPP(Presentation-Practice-Production)の流れ>
この方法は、従来の「教える・習う」一辺倒であった英語授業にUser視点を取り入れる手法として一定の価値を持つと考えられます。しかし、それを「完成形」として捉え、そこで満足してしまってはいけないでしょう。より本質的にUser視点を取り入れるには、「教える→使う」という固定的な順序にとらわれるのではなく、受容面/発信面の両方で実際に言葉を使う場面を中心に授業を設計し、「教える/支援する」と「使う」を柔軟に行き来できる構成を考えることが重要でしょう。
PPPの2段階目にあたるPracticeでは、User視点を取り入れることで、練習方法を見直すことが可能です。練習活動には、主に次の3種類の分類が考えられます。
例えば、比較級を例にとると、次のような練習内容が考えられます。
練習活動だからといって、目標とする文法ばかりに注目するのではなく、問いに対する感想やコメントも含めて、互いの自由なやり取りを交えた活発な授業づくりを目指すことが大切です。そのような授業は、意味のある練習やコミュニケーション練習を行ってこそ実現可能であり、無味乾燥な例文を使った機械的練習だけでは到底実現することはできません。
このように考えていくと、PPPの流れ自体も再考することが可能になってきます。授業は必ずしもPresentation → Practice → Productionの順序である必要はなく、次のような新たな流れも考えられます。
これはタスク中心教授法(Task-Based Language Teaching: TBLT)の考え方とも合致します。常に「最初に言葉の説明 → 暗記 → 演習」という流れが最善とは限らないのです。
また、PPPアプローチでは、常に目標とする言語項目を念頭に置き、それを軸に授業構成を考えます。しかし、言葉の学びにおいては、文法や語彙といった言語項目が常に前面に出る必要があるわけではありません。読み物や対話文の中に出てくる心情の交換や社会問題といったトピックを中心に据え、そこに言葉の指導を織り交ぜていくという考え方もあります。意味内容が主体となる分、より一層User視点が色濃く反映されることになります。これがCLIL(Content and Language Integrated Learning)の考え方です。
いずれにせよ、User視点を英語の授業に取り入れることで、英語教育の可能性は無限に広がります。生徒は常に「教わる・学ぶ」だけの立場にいるのではなく、積極的に言葉を使いながら学びを深め、そこで得た知識をさらに活用することで、自律的でアクティブなLearner・Userへと成長していくのです。LearnerからUserへという時間的な流れを固定するのではなく、LearnerとUserの視点が共存し相互作用する形で授業を捉えることで、より豊かで深みのある学びの場を創造できるでしょう。
英語教育における「変わること・変わらないこと」と「User・Learner視点の融合」というテーマは、教師の授業観を根本から問い直し、今後も長期にわたって継続して取り組む価値のある課題です。その意味で、ARCLE最後のセミナーでこのテーマを扱うことができ、とても光栄に思います。もし、本セミナーが一人でも多くの英語教師にとって刺激となり、少しでも勇気や希望を与えることができたなら、これほど嬉しいことはありません。これからも皆さんと共に学び、成長し続けていきたいと心より願っております。ご参加いただき、どうもありがとうございました。