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「研究ノート」は、ARCLEの研究理事・研究員が注目する自由なテーマを執筆するコーナーです。今回は、東京外国語大学・長沼君主先生です。

Can-Do評価−学習タスクの開発による技能統合型モジュール・シラバスへの展開
東京外国語大学 長沼君主


福岡県立香住丘高等学校との共同研究も今年で7年目を迎えた。2003-2005年度にかけてのSELHi指定期間の終了にあたり、「読む」「書く」「聞く」「話す」の4技能統合型シラバスに基づいた「香住丘Can-Doグレード」1の開発を行ったのがはじめであった2。その後Post-SELHi研究として同校と独自に3年間の共同研究の覚書を交わしてから2サイクル目に入る。新学習指導要領が告示され、高校の授業が大きく変わりゆこうとしている今3、ひとつのモデルケースとして、Can-Doに基づいた技能統合型授業の実践を紹介したい。

「香住丘Can-Doグレード」は各学年を2つの期間に分け、それぞれの期間で行っている授業内容をCan-Do Statementsにより網羅的に書き出したものである。「香住丘Can-Doチェックリスト」では、項目を代表的な活動のみに厳選し、学習者の視点からより具体的な記述文に改めたものとなる。こうしたチェックリストを各学年の途中と最後に実施することは、学習者にとって学習の指針となり、自己の学習へのメタ認知を高め、自律的学習を促進するだけでなく、教師にとっても自己の授業を内省し、授業への効力感を得ることにもつながる4。2007年度には、前年度のチェックリストの分析から自信の程度の低かった項目を抜き出し、学習タスクの開発に乗り出した。タスクは単なる活動ではなく、Can-Do記述により遂行すべき目標が明示された点に特徴があり、自己評価にあたっての客観的な到達基準が設けられ、評価と学習が一体化している。

開発された「速精読」タスクは、精読への自信の程度の低さを補うべく、速読したテキストをもう一度精読し、理解度を比べることで、「速読でもこれくらいまでは理解できる」「精読してもあまり理解できない」といった自己の能力認知を高めることを目的としている5。評価にあたっては4段階の能力段階が設けられ(以下参照)、それぞれCan-Doにより記述された。難易度を変えたタスクを繰り返し行うなかで、テキストの難易度に応じて読みのスピードをコントロールし、最適な読みを行うためのストラテジーを身につけることが期待されている。

「まとまった文章をある程度の速さで読みながら、正確な理解をすることができる」
1. ゆっくり時間をかけて読んでも、理解できないところがある。
2. ゆっくり時間をかければ大体理解できるが、速く読むと分からないところが出てくる。
3. ある程度の速さで読んでも大体理解でき、ゆっくりと読めば、ほぼ完全に理解できる。
4. ある程度の速さで読んでも、ほぼ完全に理解できる。

速精読においてはテキストを見ずに理解度確認問題に解答することが要求され、読んだ内容を頭の中で整理し、保持する能力が問われることになる。分析の結果、要約への自信の程度が低かったこともあり、「ディクト/コピーグロス」タスクの開発も併せて行った。コピーグロスはディクトグロスにならい、聞き取りにかわって速読を行い、書き取りにより文章のリプロダクションを行う活動である。この活動は、速精読において段落ごとに内容をまとめながら読んでいくための、下地のトレーニングとなる。また、同時にディクトグロスも行うことにより、読み取りと聞き取りのスキルを関連づけ、「戻り読みをせずに速読をすることは、聞き取りにおける理解のプロセスと重なる」ということを意識できるよう目指した。こうして複数のCan-Doタスクを有機的に結びつけて展開することにより、技能融合を図っている。

2008年度からは前年度の3年次におけるタスク実践結果を踏まえ、1年次の入学段階からのタスクの積み上げを行っている。1年次においては「多読サマリー」を導入し、1度目は辞書なしで、2度目は辞書を使ってサマリーを書かせることで、ナラティブ型のテキストから入りながら自然な速さの読みを実感できるよう配慮した。また、英文でのサマリーを要求するタスクが多くなることから、書き取りへの抵抗感を払拭すべく、「3文日記(3つの英文でその日のことを書きとめる)」も設けた。上位学年でのディクトグロスの導入に向けては、まずは「センテンス・ディクテーション」を行い、ある程度の長さの複雑な構文の処理能力と保持能力を訓練するなど、各タスクの下位レベルのスキルを育成するタスクを開発し、組み合わせて実施した。

2年次においては新たに「センテンス・サマリー」タスクを開発し、コピーグロスの導入の前に、1段落程度のまとまった文章を速読し、展開まで含めて1文でまとめて書くことを始めた。このように書くことでより深い論理的な読みが必要になるという、読むことへの目的を与えられ、読みと書きとの間につながりが生まれる。加えて「ディスコース・コンプリーション」タスクも実施し、3文で構成された文章の真ん中の1文を空欄として、前後の文脈から類推して書かせることにより、センテンス間のつながりをより深く意識して読むトレーニングを行う。引き続き行う多読サマリーと合わせて、さまざまな形で読みと書きを融合させた指導を行っている。「ディスコース・コンプリーション」タスクはリライトのための訓練としても有効であり、1文単位のライティングからパラグラフ単位のライティングをつなぐ懸け橋ともなる6

Can-Doタスクを有機的に関連させながら展開し、授業内に位置づけて実施していくことで、各タスクがモジュール的に機能しながら、技能統合型の授業となっていく。通常の授業においても、「読んだ内容に基づいて書き、それを発表する」といった技能の連環はできているが、タスクの実施により、より細かい部分での技能統合が可能となった。こうしたCan-DoタスクはCan-Doリストと合わせて、授業に学年をまたいだ具体的なつながりを持たせることになる。授業においては学習者の自己効力を育てながら、学習を継続していくことが望まれる7。これらのタスクの多くは少し手を加えることにより、教科書を用いて行うことも十分に可能である。教育工学の分野ではインストラクショナル・デザインといったことが研究されているが、今後の技能統合型の授業の実現には、Can-doタスクを活用するなどして、授業をモジュール的な発想から組み立て直していくようなデザイン力が求められるだろう。


1 http://gtec.for-students.jp/cando/cando_pdf/02_cando.pdf
2 長沼君主(2008)「Can-do尺度はいかに英語教育を変革しうるか−Can-do研究の方向性−」『ARCLE REVIEW』No.2, pp.50-77.
https://www.arcle.jp/research/books/data/html/data/pdf/vol2_3-3.pdf
3 吉田研作(2009)「新学習指導要領と今後の日本の英語教育−コミュニケーション能力と内容」/note/2009/0004.html
4 永末温子(2009)「生徒からのCan-Doフィードバックで教師の自己調整をはかる:『香住丘Can-Doチェックリスト』を使って」『英語教育』3月号,pp.33-35.
5 長沼君主(2007)「速読と精読におけるテキストタイプとタスクタイプの要因の分析」言語テスト学会第24回研究大会発表資料.
6 長沼君主・工藤洋路・石毛順子・桐生直幸・和田朋子・木幡隆宏・人見徹・北見朋子(2009)「ライティング教材作成への第2弾―生徒の作文分析を通して作る教材とは」ELEC同友会英語教育学会第15回英語教育研究大会発表資料.
7 長沼君主(2009)「評価としてのCan-doと動機づけのためのCan-do」
/note/2009/0001.html
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