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第5回研究会レポート
詳細:「上智大学・ARCLE応用言語学シンポジウム2008−小学校英語必修化へのメッセージ」



第3部 シンポジウム2
「小学校英語必修化の先にあるもの―日本の英語教育が目指す姿とは」
コーディネーター 吉田研作(上智大学)
パネリスト(発表順) アレン玉井光江(千葉大学)
長沼君主(東京外国語大学)
田中茂範(慶應義塾大学)
金森強(松山大学)
根岸雅史(東京外国語大学)


シンポジウム2では、5人のパネリストからの発表の後、フロアを交えてディスカッションを行いました。パネリストの発表とディスカッション内容について、ご紹介します。

小中連携を踏まえたリタラシー教育の重要性
アレン玉井光江(千葉大学)

英語活動の小中連携を考えたときに、読み書き、特に「読み」は避けて通れないというのが基本的な立場です。読み書きが人間にとっていかに大事かというと、貧困からの脱出、より質の高い生活を得るために必要であるということがあります。さらに、大きな心理的ショックを受けたときに書くことで立ち直るという事例もあります。日本の子どもたちは、ひらがな、カタカナ、漢字と、3つの異なる文字に日常的に触れているので、アルファベットの26文字、大文字・小文字を学ぶことは書記体を学ぶという意味ではそう難しいことではないと思います。しかし、このアルファベットを学ぶことは基本中の基本で、とても大切です。目標言語に接する時間が短いからこそ、音声言語をより確かなものにさせていくために、読み書きを段階的に入れていくべきで、文字言語の導入を遅らせてはいけないと思っています。

その際に気をつけなければならないことは、やはり十分な音声言語のインプットが必要であるということです。その次に、書いたもの、つまりwritten textを与えていく。この順番を間違えてはいけません。また、まずは全体を与え、その文脈の中から、言葉への気づきというものを作っていく、ということも大切です。

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小学校英語において動機づけをどのように育成していくか
長沼君主(東京外国語大学)

最近、「Can-do(statements)」というものが話題となっていますが、これは英語を使って「できること」をレベルごとに具体的に記述したものです。「Can-do」は評価としても重要ですが、同時に学習者の目標ともなります。また、カリキュラムを作る際にも「Can-do」に基づくデザインが重視されてきています。こうした「できること」を意識しながら、子どもたちを動機づけていくということが、小学校英語では大切だと思います。

「小学校英語は楽しければいい、あまり教え込むことはよくない」という話をよく聞きます。確かに動機づけには、「楽しい」といった「情意」を育てることは大事なのですが、それと同時に深い「興味」をきちんと持たせることが、非常に重要になります。そしてもう1つ大切なのが「有能感」です。「できる」と子どもたちが感じることができるような場面を作り、「自信」をつけてあげることが大事です。このように「情意」「興味」「有能感」の3者のバランスが重要なのです。

日本の高校生に調査をした結果1を見てみると、高校生のときに、英語が「好き」と回答した生徒は、小学校以前の英語学習でも英語が「好き」と思っている割合が高いことがわかりました。この「好き」である状態を持続させるためには工夫が必要です。小学校以前の英語学習でも、「歌やゲームが楽しいから」などといった表面的なレベルではなく、より深いレベルでの外国語を学ぶ面白さや文化的な興味を、いかに満足させてあげられるかが大事になってきています。


1 東アジア高校生英語教育GTEC調査2006
https://berd.benesse.jp//berd/center/open/report/eastasia_gtec/hon/index.html

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小学校での英語教育の可能性
田中茂範(慶應義塾大学)

言葉というのは、条件さえ整えば誰でも身につけることができます。外国語学習の成功の条件は3つ。1つは「質と量」。このうちの「量」については確保しやすいかもしれませんが、問題なのは「質」です。小学生に合った英語の「質」とは何でしょう。これは非常に大きな問題です。2番目は「実際に使う」ということ。これも機械的に反復すればいいというわけにはいきません。そして最後が「必然性」。これはとりわけ条件として満たすのが難しい。つまり教室の中に「英語を使う必然性」を作れるかどうかです。

その際、重要なのは「目的」「素材」そして「メディア」の3つです。あるエクササイズを行うときに、whyにあたるのが「目的」、whatが「素材」、そしてhowが「メディア」ということになります。「目的」を考える際に重要なのは、その活動が「気づきを伴う理解」であるかどうか。「素材」では生徒にとってオーセンティックなものであるか。そしてコンテキストが自分の生活に結びつけられるかどうかが重要になります。

幼児英語教育的な方法論では、5、6年生の知的満足にはほど遠く、素地を作る段階で、英語に対する否定的な見方や印象を与えかねません。いかにオーセンティックな活動を小学校の段階でできるかがカギだと思います。言い換えれば、「素地の養成から英語力の養成へ」という考え方ではなく、最初から「小さな英語で大きくはばたく」といった視点が必要なのではないかと思うのです。

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小学校英語実施のための条件整備
金森強(松山大学)

小学校英語を実施していくにあたっての「条件整備」について、文部科学省の来年度予算案を見ながら、考えていきたいと思います。2

まず、「新学習指導要領の円滑な実施」のために、585億5,000万円という予算案が出されました。その中で新しく「外国語教育の充実」として、16億9,600万円。ただし、これは小中高すべて含まれた額です。これには3つの柱があって、1つは「小学校外国語活動の導入に伴う教材等の整備」で6億3,800万円。2本目の柱が「英語教育改善のための調査研究」に9億4,000万円で、3本目が「海外留学の推進等」で7,200万円。「小学校外国語活動の導入に伴う教材等の整備」つまり『英語ノート』は、6億3,800万円の予算のうち、6億2,600万円かかってしまいます。『英語ノート』、付属のCD、デジタル教材を学級に1枚ずつ配布するための予算です。

このような「条件整備」を見てみると、小学校英語に関しては、研修などの予算は十分でないように感じます。韓国など、外国では研修のために大変なお金が使われている現状と比べてしまいますと、特にそう思うのです。

学校に、1人の素晴らしい先生がいても、いい授業はできません。学校全体がある方向性に向かって足並みを揃えて動けるようになると、教育はうまくいくのです。しかし、それを支える条件整備が十分でないと、うまくいくことはとても難しいのです。


2 株式会社 成美堂・小学校英語メールマガジン(Volume 23)参照
「成美堂・小学校英語教育応援サイト」 https://www.seibido.co.jp/kids/

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グランドデザインの検討
根岸雅史(東京外国語大学)

小・中・高さらに大学、社会人と大きな枠組みの中で、日本の英語学習者をどう育てていくのか、それぞれの段階で何をどこまでやるべきなのか、という問題がありますが、それを「グランドデザイン」として考えていく必要があると思います。小中の連携のところで見てみると、一般に中学校の先生には、小学校でやった成果というのがわかりにくいという問題があります。見ようとしていないという中学校の先生側の問題もありますが、文部科学省のいう「素地」が、中学校の先生にわかるような形になっていないということがあります。小学校の先生に「素地を育てておきました」と言われても、中学校の先生には、何を育ててくれたのかがわからない。結局、小学校で何もなかったかのように、中学校で一から英語を教えているのが現状ではないかと思います。

日本の「グランドデザイン」を作る上で、参考になるものとしてはヨーロッパで開発されたCEFR(Common European Framework of Reference for Languages: learning, teaching, assessment)3という枠組みがあります。CEFRは特定の言語に依存しない枠組みなので、日本の英語学習についての「グランドデザイン」を考える際にも、参考にできると思います。

私は大学で、学生を社会に送り出す立場にいますが、とても気になっていることがあります。私の大学の卒業生で、最近、教師になる学生が減ってきているのです。本当に英語ができる人材は、教師以外の仕事を求める傾向にあります。ですから、ある程度の能力のある教師を確保するためには、教職を魅力ある職業とする何かの仕掛け(例えば、韓国のような研修などを十分に受けられる権利など)をこれから用意していく必要があると思います。


3 http://www.coe.int/t/dg4/linguistic/Source/Framework_EN.pdf

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ディスカッション

【質問1】
全学年で英語活動を実施していますが、中1になった生徒に「何も役立っていない」と言われてしまいました。読み書き不可、テスト不可の中で、子どもに劣等感を持たせない指導をどのようにすればいいでしょうか(公立小学校教員)。

アレン:音声だけではやはり難しいです。幸い『英語ノート』には6年生で文字が入るので、アルファベットの大文字、小文字は徹底的にやってほしいですね。音声と言語を対立させずに融合させないと、かえって子どもたちの知的好奇心を失わせてしまうのではないでしょうか。

長沼:韓国の高校生に、小学校で受けた英語教育が役立っているか、アンケートをしたことがありますが、結果は「役に立っているかわからない」でした。大事なことは、先生が客観的に評価して、子どもに自信をつけてあげられるかどうかだと思います。その際に「Can-do」は役立つツールだと思うのです。これを利用して、毎回の授業で「できた」と感じる機会を、どれだけ与えられるかが大事ではないでしょうか。

【質問2】
小中高大を通した英語教育の「グランドデザイン」が必要だということはよくわかりました。もう1つ、横の軸として小学校教育の中に英語がどう入るべきなのかを考える必要があると思いました。また小学校教員が「小学校英語をやろう」と思えるようなお話をもう少し頂きたいのですが(私立小学校教員)。

田中:小学校で英語をやる、ということに先生ご自身が納得できるかどうかが重要になると思います。つまり、今の社会的状況から考えて英語が必要であるということ、小学校で教える価値があるものかどうかを自覚できることが大切だと思うのです。そしてその中で、少し抽象的ですが、小学校の先生が「こんなことをしたら楽しいよ、一緒にやろうよ」と子どもに言えるようになることが大切なのではないでしょうか。

【コメント】
本校では英語活動を始めてまだ2年ですが、「中学校に行って早く英語をやりたい」という子を育てることを目標にしています。子どもが何を求めているのか、常にそれをつかむことが大事だと思います。そして拠点校になっている学校には、もっと頻繁に授業を公開していただき、これを見た先生の中で、1人でも多くの先生が「これなら私にもできるかも」と思ってくださるといいなと思っています(公立小学校教員)。

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まとめ
吉田研作(上智大学)

ディスカッションの中にもあったように、小学校の中で英語をどう位置づけるか、そして英語教育全体の中で小学校英語をどう位置づけるか、の両方を考えることが絶対に必要です。そして、これからの社会を担っていく子どもたちが大人になったときに、何が必要なのかということを、私たちが真剣に考えていかなければなりません。いずれ、小学校の英語でも「評価」ということが必ず問題になります。10年後も今の状態が続いているはずはないと思います。そのときに、どういう方向に行けばいいのか、ということを今から考えておかなければなりません。今の段階では試行錯誤で進んでいくのは構いません。まずは子どもたちが英語活動を楽しんでいる姿が出発点でよいと思います。しかし、そこで止まってしまうのではなく、さらに先を見据えて、しっかりと日本の英語教育全体を考えていく必要があると思います。

吉田研作先生からのコメント

今回のパネル・ディスカッションでは、小学校から英語活動が導入されることを受けて、今後の日本の英語教育がどのように影響されるか、どのように変わらなければならないかについて、それぞれの先生方に意見を聞いた。必修とはいえ、教科ではなく「英語活動」として導入される小学校英語だが、いつまでそのような位置づけにあるのかはわからない。今は、導入期として、さまざまなことを試しながら英語を取り入れていくことは大切だが、いずれは、中学や高校との接続をより真剣に考えなければならない時期が来るだろう。そして、そのときのために、日本の英語教育全体を見渡した、より体系的で包括的な議論が必要なのである。

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