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第3部 実践事例
「『授業は英語で』どのように行うのか
―3年間の見通し方、単元のつなぎ方、1時間の作り方」

実践事例  :  津久井 貴之  (群馬県教育委員会)
コーディネーター  :  根岸 雅史  (東京外国語大学)
コメンテーター  :  長沼 君主  (東京外国語大学)

新課程での指導の1例として、文部科学省配布のDVD*1 に収録されている群馬県立中央中等教育学校(平成19、20年度SELHi*2 指定)での津久井貴之先生の実践をもとに、生徒に身につけさせたい力、それを踏まえた授業・単元の作り方についてお話しいただきました。

*1 文部科学省「高等学校版 新学習指導要領に対応した外国語活動及び外国語科の授業実践映像資料3」(授業実践DVD)

*2 SELHiとは、スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクールのこと。文部科学省では、英語教育の先進事例となるような学校づくりを推進するため、英語教育を重点的に行う高等学校等を指定し、英語教育を重視したカリキュラムの開発、大学や中学校等との効果的な連携方策等についての実践研究を実施する「スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール(SELHi)」事業を平成14年度から開始し、延べ166件169校で実施した。(文部科学省ウェブサイトより)

発表の概要
1.

教師の願いと生徒に身につけさせたい力

生徒たちが高校卒業後の社会で、役立つ力をつけているかどうかを考える。高校卒業後にどんな大人になってほしいかを教師の中で明確にする。
2.

授業の作り方

単元や授業のねらいを明確にすることは、その時間内に全てを身につけるとか覚える、ということではない。また、「教えた時」がイコール「学ぶ時」というわけではない。授業の設計では、まず、単元全体の目標を設定し、その単元での中心の言語活動の目標を設定する。
3.

指導計画

指導計画は非常に大事。その際、扱う単元で生徒たちに身につけさせたい力、つまり、目標を達成した時の生徒たちの英語を使う姿を明確にすることも大事。
4.

授業・単元の作り方のポイント―「3つの改善の視点+1」

  • @ 単元での言語活動は、単元の授業があるからこそできるレベルの内容、パフォーマンスにする。
  • A ねらいとやっていること活動をあわせる。
  • B 最後のゴールに向けてステップをしっかり刻む。
  • 「+1」として、「知識の伝達」の場ではなく、「学び方を学ぶ」場としての授業を意識する。

意見交換

  • (1) 「授業は英語で」行うハードルを乗り越える
  • (2) 教えた時≠学び時を意識する
  • (3) 長期的な見通しと単元の軽重をつける
  • (4) 大学入試と授業を分けない
  • (5) 英文読解をこうやってみる

1.教師の願いと生徒に身につけさせたい力

授業を行う前提として、生徒に身につけさせたい力を明らかにする必要がある。生徒たちにとって本当の勝負はいつかを考え、その時に「こうあってほしい」、「ここまで身につけてほしい」、「そのために何をいつ、どこまで」教えるかのゴール設定をする必要がある。そう考えると本当の勝負の場は高校卒業後の社会で、そこで役に立つ力、あるいは、更に学び続けられる力をつけているかどうかが重要。私の場合は、教師の願いとして、英語を通して世界を広げてほしい、学び続けられる人になってほしいということがあり、理想とする生徒の姿として、自己表現力を身につけ、必要に応じて学び方を選択できるようになってほしいと思っている。そして、理想とする授業は、学習方法やコミュニケーションの大切さ、裏返していうと「難しさ」も学べる場であり、自己表現力を鍛えられる場であると考えている。生徒たちが高校卒業後、どんな大人になってほしいか、という教師の願いは大切にしたい。

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2.授業の作り方

授業では、まずは教師のほうが「曖昧さ」への耐性を持つことが大事である。1つの単元や授業のねらいは、その時間内だけで何かを身につけるとか覚えるということではない。すなわち、教えた時がイコール学び時というわけではない。

具体的な授業の設計では、まず、単元全体の目標を設定する。そして、その単元での中心の言語活動の目標を設定する。その際、注意する点は3つある。@言語活動の目的を明確にすること。A授業で扱う内容とタイミングが生徒の生活や関心に適したものかを見極める。扱う内容は生徒の知的レベルに対して、幼すぎても難しすぎてもいけない。そして、B生徒の「伸びしろ」を期待できる言語活動かどうか。教師からみて、少し難しいかなと感じる位の言語活動でよいと思う。こちらが意図したような活動を生徒たちはすぐにできないかもしれないが、その活動ができるように、生徒の力を引き上げるのが授業であり、時には、コミュニケーションの大切さと併せて難しさを感じたり、新たな学習へのモチベーションを持つことができればよい。

この後、DVDで紹介する授業では次のように目標を設定した。

◎単元全体の目標設定

スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学におけるスピーチ(Stanford University's 114th Commencement on June 12, 2005)、本人の生い立ちや経歴を様々な英文資料や映像を通して理解するとともに、次年度に最上級生となる生徒一人ひとりが、自分の進路選択や日々の生活と照らし合わせて共感したり考えさせられたりしたことを英語で伝え合うことができるようになる。

◎言語活動の目標設定

  • ア 感想や自分の考えなどを、相手が理解しやすいように工夫しながら話す。
  • イ 既習の言語材料を用い、教材内容を紹介したり感想を伝えたりするとともに、自分の進路選択や学校生活について考えていることを伝える。
  • ウ 他生徒の発表を聞いて正しく理解し、感想を伝える。
  • エ 既習の言語材料に関する用法や語法を理解する。
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3.指導計画

指導計画は非常に大事で、特に、指導計画に記載されない下記<指導計画>の@〜Bのような、扱う単元で生徒たちに持ってもらいたい気持ちやなってほしい姿を設定することも大事である。というのは、教科書や本文を見た時に、そのタイミングで生徒の置かれている状況、興味や関心を考え、教科書や本文の内容が生徒にとって何らかの意味を持つものにしたいからである。今回、DVDで紹介する授業は、下記の表のように合計7時間の計画を立てた。なお、表の( )内の太字は、実際に授業でやったことを後から書き足した点である。

教科書はそのままでは使わず加工して、スピーチの本文のみを使用した。というのは、この教科書ではスティーブ・ジョブズのスピーチを3つのセクションに区切って、それぞれに要約をつけてあり、生徒は、本文を読まなくてもその要約を読んだだけで、スピーチで言いたいことがわかってしまう。また、実際のスピーチ映像を見るので、写真もカットした。このようなところも、教科書を扱う際に気をつけたことである。

<指導計画>

  • @ 高校2年冬、高3での履修科目の選択を終え、大学受験や自分の進路に不安を抱いている「心の声(inner voice)を表現させたい。生徒同士でそれぞれの「思い」を共有させたい。
  • A 教科書の原典となるスピーチを収録したDVDを視聴し、そのスピーチのメッセージを読み取らせたい。
  • B  生徒にも身近なアップル社の製品とその背景(スティーブ・ジョブズの人生観や仕事への情熱、厳しさ、人生における様々な障害など)の両面を理解させたい。驚きや共感、感動のないところに、伝えたいことは生まれてこないので、それを起こすことをねらいとした。

指導内容 配当時間
スティーブ・ジョブズについてのオーラル・イントロダクションを聞き取る。
(教師が説明をしすぎない。内容に興味を持たせる程度に。)
また,スタンフォード大学でのスピーチ映像を視聴し、その要旨をグループで確認し合う。
(映像がある場合は、いつ見せるのかが大事。単元の学習のまとめに「ご褒美」的に見せるのではなく、ねらいを持ってタイミングよく。)
1時間
スピーチ原稿を読み、グループで要旨を確認するとともに、スピーチに含まれている3つのメッセージを読み取る。
(教科書本文やセクションの構成を見て、原典を使うことにする。)
(教科書本文の英文との比較をうまく使う。)
1時間
スピーチに含まれている3つのメッセージを英語で要約する。また、スティーブ・ジョブズによる製品のプレゼンテーションの映像を見たり、本人を特集した記事を英文で読んだりして、製品の特徴やプレゼンテーションの工夫、人生観を読み取る。
(製品のプレゼン映像とエピソードの紹介を行う。)
(補足の読み物資料や映像資料を使う。読み物については、家庭学習と連動させてもよい。)
1時間
スピーチ原稿の中から共感したり印象に残ったりした一節を選んで紹介する。
(スピーチ原稿中の英文に下線を引かせる。どこに下線を引いたのか、なぜそこに引いたのか、伝え合う活動を行う。)
とともに、選んだ理由や生徒自身の生活と照らし合わせて感じたことを英語で書き、発表し合う。手順は以下のとおり。
  • @ 書いた英文を教師が推敲し、個人やペアで発表する練習を行う。
    (書いた英文の推敲は、大きな文法上の誤用や構成を中心に。細かなスペルミスや簡単な文法のミスは、ペアやグループで修正させる。)
    (Read & Look upの要領で発表練習をする。ペアで発表し合うことで、難しい表現の再校正や伝え方の修正を行う。)
  • A 教師の前で発表練習を行い、アドバイスを受ける。
    (ALTに手伝ってもらってもよい。)
  • B グループ内で1人ずつ発表を行う。
  • C グループ内で互いの原稿を読み合い、内容に関わって感想や共感した部分などを50語程度の英語で書く。
    (実際にはCのとおりではなく、読み合う活動を行った後に、ここまで断続的に行ってきた「英文英訳」に取り組ませた。)
4時間
(本時3時間目)
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4.授業・単元の作り方のポイント―「3つの改善の視点+1」

授業・単元づくりを具体的に改善していくにあたって、かつての同僚の先生方と整理した授業の「3つの改善の視点+1」をご紹介する。

  • @ 単元での言語活動は、単元の授業があるからこそ表現できるレベルの内容、パフォーマンスをゴールにする。 まずは、単元自体を魅力的で、チャレンジングなものにする。言語活動は、少し難しいかなと思っても、今の生徒の英語力では無理そうだからやめておこうと思うのではなく、是非やってみてほしい。逆にその言語活動ができるようにするために、どう単元を作っていくかを工夫する。
  • A ねらいとやっていることが合っているかどうかを常に意識する。 言語活動を行うこと自体が目的化しないように気をつけ、言語活動のねらいが「ぶれ」たり、言語活動と単元全体のねらいが「ずれ」たりしていないか注意する。
  • B 最後のゴールに向けてステップをしっかり刻む。 徹底して練習させることで、最終的に生徒たちに求める言語活動のレベルに向けて、生徒たちの英語への不安を取り除き、言語活動へのきちんとしたreadinessをつくる。また、このようなステップが単元で計画されているかという視点で検証する。

 そして「+1」として付け加えたいのが、自ら英語を学び続けることのできる生徒を育てるために、「学び方を学ぶ」場としての授業をつくるということ。そのために私は、ノート指導を行った。授業用のノートではなく自己表現のためのノート。中学校の先生方の実践を参考にし、自分の作品のような形でノートに残していく。そうすることで生徒自身が自分の学習履歴として振り返ることができるだけでなく、むしろ我々教える側がどの時点でどの程度までできているか、生徒の状態を確認することができる。あとは英語通信や自主学習など、いろいろなやり方があると思うが、それぞれの学校やクラスの実情に合わせて取り入れる。

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質疑応答

(1)「授業は英語で」行うハードルを乗り越える
根岸 : 生徒たち、そして教員の皆さんが持つ「英語」に対して、生きた言葉でありコミュニケーションのための道具であるというイメージを持つ人ももちろんいるだろうが、一方で、文法や書き換え問題、和訳などに、面白味を感じている人もけっして少数ではないだろう。このようなタイプの教師にとっては、キャリア半ばで突然、今までやってこなかった英語を道具として使うための授業を行うのは、かなりハードルが高いだろうと想像できる。また普段、教室外で、日本語で話しかけている生徒に向かって英語を話すことのハードルもあるだろう。津久井先生はこのようなハードルをどのように乗り越えたのか。
津久井 : まずは教師が、英語を本当にやりとりの道具として使うことが大事だと思っている。クラスルームイングリッシュ集やマニュアルといったものがあるが、私自身が英語で授業をする際、自分の言葉で語ろうとしたときに最初は英語で書き出した。ただ、それだと暗記になってしまい、生徒には言葉として伝わっていないことが多かった。そのため、できるだけメモだけを頼りに語ることにした。そうしないと、“Are you ready?”と言っても生徒の反応がないうちに“OK, let's start.”と言って始めたり、“Do you understand? ”“OK.”と教師が1人で納得して始めてしまったりするからだ。
そして、同僚の先生方との指導観の違いというハードルもあるだろう。私の場合、中高一貫校に赴任した際、中学校で教えた経験しかないまま高校で教えることになり、最初は高校の先生のやり方を真似たりした。同僚の先生と話し合いながら、お互いの指導の方向性が同じになったと感じるまでに3年ぐらいかかった。時間はかかるが、お互いに授業づくりに対して率直に意見や感想を述べ合える関係ができるかどうか。生徒に対しては、“Do you understand?”や“How are you?”等のごく簡単なやりとりでもきちんと意思疎通できること、先生同士でその方向性の共有ができることでだいぶ楽になると思う。
(2)教えた時 ≠ 学び時を意識する
根岸 : 教えた時イコール学び時ではない、教えたからすぐ学んでいる、できるということではなくて、実際は教えてからできるようになるまでには非常に時間がかかるということの指摘がある。これは学習、指導、それから評価のことにも絡んでくるが、具体的にどのようなことをしたのか。
津久井 : 文法の説明をしたことが、その文法を使えることではないということを認識し、「時間差」を踏まえた継続的な復習を促した。言語活動でも、既習の表現が使えた時に、きちんと教師が評価し、使えたことを伝えてあげたい。定期考査では、1学期に扱った文法項目を1学期はもちろん、3学期にも出題する、英文などはちょっと書き換えたりして出題するということをやった。そうすると生徒もテストを捨てずに復習に使っていて、何度も繰り返し学ぶというメリットはあったと思う。
根岸 : 今の学校現場での評価システムでは、中間・期末などの指導した直後の評価だけを見て先生が安心したり、不安になったりするが、本当はその後の習得を見ていくことは英語のような教科には特に必要だ。
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(3)長期的な見通しと単元の軽重をつける
津久井 : 先ほど示した指導計画は全体で7時間と少し長くなっているが、実は7時間でも足りなかった。レッスンやセクションごとに均等に時間配分をする必要はなく、15時間かけるものも1時間で終えるものもある。そうするためには、3年間の長期的見通しを持って、単元の軽重をつける。
根岸 : 1時間1時間の授業はもちろん重要だが、高校3年間トータルで何を身につけさせるのか、その見通しを持って、授業に軽重があってよいという考え方がとてもよいと思う。
長沼 : 毎回の授業で言語活動を行おうと思うと非常に重いレッスンばかりになってしまうので、長期的な見通しを持って授業の軽重をつけるというのはいいと思う。また、津久井先生の中学校での指導の経験から得た、中学校の教科書観・活動観があるからこそ、高校での言語活動ができたと思う。同僚との関係性にもつながってくるが、このあたりのお互いの価値観や英語観などを出し合い、大事にする点、面白いと思った点などを同僚の先生と共有していくことで、同僚の先生方との指導の方向性などのすり合わせができてきたのではないか。そうすれば「授業は英語で」が後からついてくるというようなことになったのはいいと思う。
(4)大学入試と授業を分けない
根岸 : 大学入試との関連で、特に進学校の先生方は、英語で行う授業と大学入試の対策は別物であると考えられているように思うがこのあたりどうお考えか。
津久井 : 大学入試合格が高校段階でのゴールではないという意識は大事だが、とはいっても大学入試合格という結果が求められるのも事実。けれども、大学入試対策と授業を分けないようにした。授業の中で徹底して生徒の英語による表現力を高めていけば、それ自体が大学入試対策であり、本質的な英語力を育成することによって、大学入試は十分に突破できると思っている。そういう意味では、高1から大学入試対策をしているとも言える。また、先輩の先生方や当時のSELHi指導委員の先生から大学入試よりも大きな力として英語力を身につけているのだから、自信を持ってやっていいと言っていただいたことも大変心強かった。
(5)英文読解をこうやってみる
津久井 : 常にボトムアップで、構文分析をして、文法を理解し、その上でテキストがやっと読めるというのではなく、全体をとらえることが大事。大学入試もだいぶ変わってきている。まずは、全体を最後まで読んで、ぼんやりでもいいから何を言おうとしているのかをとらえる。ボトムアップ的な読みが必要ないということではなく、早いうちから良い意味で、わからない所が部分的にあってもよしとする「曖昧さ」を持ち、多様多量の英文に触れようとする姿勢を育てたい。
また、英文読解の際の1つのアイデアとして英語で言い換える活動をご紹介したい。授業で扱ったスティーブ・ジョブズのスピーチに、“Stay hungry, stay foolish.”という有名なフレーズがあったので、このフレーズを英語で言い換えてみるという活動をやってみた。そうするとある生徒は“Don't be satisfied with what you have done, do what ordinary people don't do.”とパラフレーズした。こうしたクリエイティブな活動も、「授業は英語」で行うにあたって効果的であるし、生徒が英文の意味を理解しているか、英文読解や和訳をどうするか、という際のヒントになるのではと思う。
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