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生徒が英語を真に使えるようにする。これは英語教育の教科目標であるが、現段階で、この目標は達成されているとは言い難い。では、どうすればよいか。これは教師一人ひとりが取り組むべき、難しい問題である。今回は、現状を変えていく方向性として、2つのことを述べたい。そのひとつとは、教科書を理解し、問題集を解くという学習スタイルではなく、今持っている英語がどんなに小さなものでも、それを使って表現するという態度を持つというものである。つまり、生徒は「学習者」であると同時に「表現者」にならなければならないということである。そしてもうひとつは、タスクを意識するということ。英語でタスクを行うという意識を持つことで、本来のスピーキング指導につながるという可能性である。
英語が話せるようになるには、自分の英語で表現しようとする態度を持ち、それを実践することが肝心である。多くの生徒は、知らず知らずのうちに、テストで高得点を取ることに関心が向かい、そのために、教科書や問題集を「目と頭」を使って学習しようとする。問題を解き、テストで高得点を取ることができる生徒が「英語ができる生徒」とみなされる。そういう生徒は、他者から「英語ができる」といわれるだけでなく、自分でも「英語は得意科目」と自覚している。これはこれで、素晴らしいことである。
しかし、テストではよい成績をおさめることができるが、いざ英語を話そうとすれば、思うようには話せないという状況に直面したとき問題になる。つまり、真に使える英語力が身に付いていないため、得意なはずの英語が使えないということが起こるのである。生きた言語として英語を使おうとすると、問題解きのテクニックはあまり役に立たない。
実際、大学生に聞いても、「学校で勉強した英語は受験には役立ったけど、本当の英語を学ぶには英会話学校に行かなければならない」と考えている人が少なくない。そして、多くの人は「学校で学んだ英語はそれなりに意味があった」と納得している。しかし、こうした状況を続けることが「学校英語教育」において健全なことだろうか。答えは否である。学習指導要領では、英語教育の目標として、「英語が使えるようになること」を一貫して主張している。
新学習指導要領(小中学校)※1が2017年3月に発表になった。外国語(中学校)については、目標として「コミュニケーションを図る資質・能力を次のとおり育成することを目指す」とあり、「外国語の音声や語彙、表現、文法、言語の働きなどを理解するとともに、これらの知識を、聞くこと、読むこと、話すこと、書くことによる実際のコミュニケーションにおいて活用できる技能を身に付けるようにする」と続く。「音声や語彙、表現、文法、言語の働き」の部分が英語の言語リソースに相当する。そして、「聞くこと、読むこと、話すこと、書くことによる」の部分は表現モードに当たる。そして「実際のコミュニケーションにおいて活用できる技能を身に付ける」の部分は、「英語で何ができるか」という目標を捉えた表現である。
結論をいってしまえば、この目標を達成するためにはlearning by doingを実践するしかない。"learn English for communication"ではなく、"learn English through communication"の実践である。すなわち、活動の中で、活動を通して英語力を身に付けるということである。「コミュニケーションを図る態度」も新学習指導要領が強調しているところである。英語でいうと"willingness to communicate"ということである。この"willingness to communicate"は実際に英語を使う活動(doing)によって醸成され、活動を通して"be able to communicate"という能力が身に付くのである。そして、実際のコミュニケーション活動を通して、「コミュニケーションしたいという気持ち」はさらに高まり、好循環が生まれる。
しかし、この好循環を実際のものにするためには、生徒も教師も学習態度・教育態度を大きく変える必要がある。つまり、活動の中の英語を実践するには、生徒は「学習者」としての役割だけでなく、同時に「表現者」になる必要がある。「いつか、どこかで、誰かと英語を使う」という「学習者(learner)」の態度ではなく、「今、まさにここで、あなたと英語を使う」という「表現者(user)」の態度を持つということである。どんなに小さな英語でも、それを我が身に引き受けて、思いを表現する。そして、教師も、生徒一人ひとりが自分事(パーソナルなこと)として英語を学び、一人ひとりの中に息づく英語(「マイ英語」)を育てるという自覚を持つことが大切なのである。
これは教科書や問題集を使って英語を学んできた従来の学習スタイルから見れば大転換であるし、教師自身も相当の覚悟を持って教育実践の在り方を変えるということが求められる。従来の指導方法から「活動の中で英語を学ぶ」に転換することは、多くの教師、そして生徒にとって未踏の地に足を踏み入れることでもある。
ほとんどの生徒は、英語の勉強というと、「教科書」「辞書」「単語帳」「文法参考書」「問題集」「テスト」などを連想する。その連想に、自分の中に息づく英語、マイ英語を育てるという考え方は含まれていない。これでは、いくら勉強しても「英語が使えるようになる」という実感は得られないだろう。必要なのは、いろいろなことを英語でこなすことができるという「実感」を持つことである。
英語で何ができるかを記述したものにcan-doリストがある。これは、英語を使うということを前提にした行動評価であり、重要である。しかし、「can-do」は「身に付けたい力」を表現する概念ではない。それは何ができるかを確認する「チェックリスト」である。そこで、チェックリストを統合するような形で身に付けたい力を表す概念が必要となるが、ここでは「タスクハンドリング(の)力」という用語を提案したい。生徒が、「自分のタスクハンドリングの力はまだ弱い」などと口にするようになれば、しめたものである。
タスクハンドリング力は、さまざまなタスクを英語で行う力のことをいう。それはスピーキングとかリーディングといった表現モードを使って行われる力である。表現モード別に見ると、タスクにはスピーキングタスク、ライティングタスク、リスニングタスク、リーディングタスクがあり、またそれらを総合化した、マルチモーダルタスクがある。The CEFR※2に倣って、Production, Interaction, Receptionの3本の柱を立て、spoken production, spoken interaction, spoken reception[listening comprehension]とwritten production, written interaction, written reception[reading comprehension]の6つのタスクタイプを考えることもできる。
私たちは、生徒のスピーキングが強いとか弱いという言い方をする。しかし、「スピーキング」という言い方には目的が感じられない。ところが、「スピーキングタスク」という言い方に変えることで、状況は一変する。「タスク」には具体的な内容があり、それを達成するという目的がはっきりしてくるからである。例えば「自分の飼っているペットがいかにかわいいかを口頭で述べる」というのは具体的なスピーキングタスクである。つまり、スピーキングの目的がタスクによって決まるということである。リスニングにしても同じで、ただ漠然と「リスニング」という用語を使うのではなく、ラジオで英語のニュースを聴き、内容を英語で友人に伝えるという「リスニングタスク」を想定することで、リスニング行為の内容が定まり、目的が生まれる。「ニュースの英語を情報収集のため日常の一環として聴く」という場合と、「模擬テストでニュース英語を聴き、設問に答える」という場合とでは、具体的に求められるタスク内容が異なるはずである。
中学生のときから、タスクハンドリングの力を育てることを意識した授業創りをするかどうか、このことが英語教育の成果に決定的に重要な影響を与えると筆者は思う。これこれしかじかのタスクを英語でハンドリングできるようにすると明示的な目的を示すことで、スピーキング活動に意味が生まれる。「英語が話せるようになりたい」という生徒の希望は、「タスクハンドリング力を高める」ということを自覚することで初めて達成できるのであるといってもよい。英語が話せるという漠然とした思いではなく、これこれしかじかのタスクを英語で行えることが大切なのだ。
これはテストについてもいえる。「スピーキング・テスト」という用語からは「目的」が連想されない。「スピーキングタスク・テスト」と「タスク」を加えるだけで、関心はタスクの内容に向かうはずである。「スピーキング・テスト」といえば、「正しい発音」や「適切な語句の選択」や「文法的な正しさ」に関心が向かう。一方、「スピーキングタスク・テスト」になると、タスクがどれだけ達成されているかというtask achievementに関心が向かう。
このように、本来のスピーキング指導を行うためには、活動の中で表現者として英語を使うことを通して英語を学ぶということ、それにタスクハンドリングの力という言葉を教師も生徒も共有することが大切である、と筆者は考える。
第3回目は、スピーキングの指導法についてです。
※1 中学校学習指導要領(平成29年公示)
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/
__icsFiles/afieldfile/2018/05/07/1384661_5_4.pdf
※2 欧州評議会が作成した、外国語の学習・教授・評価のための言語共通の参照枠組み。
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